第6話 話し合う人間たちと見守る白虎
とりあえず、彼女たちの前から離れることにする。
守るだけなら近くにいる必要はねぇ。ここに居座ってもパニックになるだけだろうし。
俺が踵を返して木立の向こうに歩いて行くと、背中越しに200人分の安堵の溜め息が聞こえてきた。怖がらせてスマンな。
しばらく歩いて、大体500メートルくらい離れてから座り込む。
このくらい距離があれば、ほとんどの探知系スキルは範囲外だったはずだ。
逆に、『冥神の寵愛』で強化できる俺の方は、余裕で五感の範囲内だ。よっぽど小声じゃない限り会話の内容も聞き取れるし、風下だから匂いで正確な位置も人数も嗅ぎ分けられる。鬱蒼と生える木々のせいで姿を見ることはできないが、まあ問題ねぇだろ。
一旦、ここで近づいてくる魔獣が居ないか監視しつつ、彼女たちがどうするのか観察しよう。
「…………大丈夫。もう近くには居ないわ」
たぶん、冒険者っぽい体つきをした奴らの中に、索敵能力を持ったのが居たんだろう。
口火を切ったのは若い女の声だった。
「そうかい……はぁー。全く、死ぬかと思ったよ」
それに何人かの声が続く。
「凄まじい魔獣でしたね……」
「大きくてキレイだった」
「あのゴブリンキングを一撃で屠るとはな。スゥンリャ、あれはなんという名前の魔獣なのだ?」
「知らない。初めて見たわ、あんなの……ドミスはどう?」
「アタシも知らないねぇ。ギルドが出してる図鑑にも載ってなかったろ?」
「うん。最新号にも載ってなかったと思う」
「つまり新種ということだな」
「そうね。でも珍しいことじゃないわ。冒険領域の9割は前人未踏らしいし、新種の魔獣なんて年に何十種も発見されてるから」
「ゴブリンを食べていたということは、肉食なのですよね。どうして、私たちは襲われなかったのでしょうか……」
「おいしくなさそうだから?」
「ゴブリンよりかい? そいつはちょっとショックだねぇ」
「確かに。お姉ちゃんのほうがフニフニでおいしそう。わたしのまちがいだった」
「まあ、フラシア! そんなこと言われても嬉しくありませんよ!」
「ドミスは固くてまずそう」
「あっはっは、そうかい? 子供ってのは遠慮がないねぇ」
「おい貴様ら、くだらん事を言っている場合か!? 我々はまだ危機を脱したわけではないのだぞ!」
「ほんとにもう、緊張感ないんだから……」
声は5人分聞こえる。
他にも話している奴はいるが、大体が「怖い」や「神様」なんかの泣き言だ。たぶん普通の開拓民なんだろうな。
それに対して、この5人はかなり平静というか、余裕がある。修羅場に慣れていなきゃこうはならない。恐らく、冒険者っぽい体つきをしていた奴らだと思う。
この5人が開拓民たちを引っ張っていくことになりそうだな。
「それで……これからどうするんだ、ドミス」
「さぁてねぇ、どうしたもんか。スゥンリャ、改めて聞くけど、周りに魔獣はいないんだね?」
「いないわよ。近くにはね。でも、あたしのスキルだと半径200メートルくらいしか探れないから、気休めだと思って」
「充分さ。とりあえず、索敵は切らさないようにね」
「分かってるわよ。これだけ血みどろなんだもん、きっとすぐに嗅ぎつけて色々集まってくるだろうし……」
「なにっ、そうなのか!?」
「ああ。すぐにこの場所から離れた方がいいねぇ」
「ま、待って下さい! 私たち以外の方は凄く衰弱しています。森の中を歩かせるなんてとても無理です!」
「レイシア……気持ちは分かるけど、ここにいる方が危険だよ。今は無理をしてでも移動しないといけないのさ」
「ですが……!」
「まって、お姉ちゃん」
「フラシア、なんです?」
「わたしに作戦がある。ねぇドミス、ここが危ないのは血のニオイがするから?」
「そうさ」
「じゃあ、ニオイを閉じ込めればいい。わたしの風魔法で空気にパタンとフタをする」
「へぇ? ふむ……なるほどねぇ。確かにそれが出来れば少しは時間が稼げるかもしれない。でも、杖が無いだろ? 呪文だけでそんな高度な魔法が使えるのかい?」
「杖ならある。あそこに」
「ゴブリン共の死体……かい。なるほどねぇ。ひどい有様だけど、確かに全部が壊れてるとは限らないね」
「私も探します! 杖がもう一つあれば、正確に回復魔法が使えます。皆さんを治療できれば、移動の速度も上がるはずです! 結果的にはその方が安全なのではないでしょうか!」
「うーん……」
「どうするのよ、ドミス」
「聞くまでもないだろう。杖を探すのだ。市民を救うぞ!」
「あたしはドミスに聞いてるのよ、ローラ」
「なんだと!」
「やめな、二人とも。……アタシは、ゴブリン共の死体を漁るっていうのはいい案だと思うよ。他にも使えるものが見つかるかもしれないしねぇ。アタシたちと動ける人で手分けしよう。いいかい?」
5人の名前は『ドミス』、『スゥンリャ』、『レイシア』、『フラシア』、『ローラ』というらしいな。
聞いてる限り、現状はドミスって奴がリーダーだろう。飄々とした喋り方で落ち着いている。声の印象だけだが、5人の中で一番年上なんじゃないだろうか。
スゥンリャって名前は珍しい響きだ。確か、南方の国にこんな風な名前が多かった気がする。索敵能力を持っていた若い女だ。甲高くて神経質そうな声をしている。
レイシアは「ですます」口調の落ち着いた雰囲気。フラシアは幼い声色で、まだ子供だと思う。フラシアがレイシアをお姉ちゃん、と呼んでいるので、この二人は姉妹なんだろう。名前も似てるしな。
最後のローラは、まるで男みたいな喋り方だ。高圧的でうるさい所なんか騎士みたいだな。いや、本当に騎士なのかもしれない。冒険者っぽい体つきってのは戦闘用に鍛えた見た目って意味だ。騎士だって当てはまるからな。
この5人が脱出のためのキーマンだ。
さて……上手くいくかね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます