第66話.アミーラ奪還作戦⑨
レラの顔から余裕が消えた。
切り裂かれ、血が滲む腹に一瞬視線を落とすと、その顔はみるみる怒りに歪む。
「よくも、よくも私の美しい肌に傷をつけたわね。許さない。許さないわ」
レラは虚空に手を伸ばす。
虚空から、巨大な鎌が顕現する。死神が持つような漆黒の大きな鎌。その柄をレラは握りしめた。
そして、その
ランドルフがリカードを守るように、急いで盾を向ける。
ギィィィィンという大きな金属音を響かせ、盾ごとランドルフは吹き飛ばされる。後ろのリカードも巻き込み、階段下まで転がり落ちた。
続けてレラはダニエルのほうを振り向くと、
ダニエルは全力でレラから離れる。
それを追うように
完全に躱した。そう思ったダニエルの背中に激痛が走る。
「ぐあああ」
ダニエルは叫び声をあげ、その背中がぱっくりと切れ、鮮血が飛び散った。それでも、足を止めずレラから大きく離れる。
「逃がさない」
そう言うと、レラの周囲に無数の鉄の針のようなものが出現する。
長さ15センチほど。太さは5ミリにも満たない。小さいがその数は優に100本を超える。それが一斉に、リカードたちに向けて放たれた。
ランドルフは下がりながら、リカードを守るように大盾で防ぐ。
ガガガガガと音を立てて鉄の針は盾に当たっては落ちていく。さすがに全部ははじききれず、何本かはランドルフの足に刺さった。
それでもランドルフは声一つ立てずリカードを守りきる。
いっぽうダニエルは、背中の痛みに耐えながらレラから離れ続ける。
だが逃げ切れない。
逃げるダニエルを追うように針が飛んでくる。
ダニエルは諦めて振り向きながら抜刀した。素早く刀を振り回し、向かってくる鉄の針のほとんどを叩き落した。
それでも、すべては防げずに何本かは足に刺さっている。動けないほどではないが、その鋭い痛みに顔をしかめた。
「やべぇな、あの強さは」
ダニエルは、レラから目を逸らさずに、足に刺さった針を抜いた。
「ああ」
「でも、無理じゃない。エミリアの祝福は効果があったし、この
ダニエルのそばまで下がったランドルフが、足に刺さった針を抜きながら、ダニエルの言葉に頷く。
その二人を後ろからリカードが励ますように声をかけた。
「なかなか、しぶといわね……」
忌々し気に睨みつけてくるレラ。そこには、先ほどの余裕は感じられない。
「じゃあ、これならどうかしら?」
残虐な笑みの形にレラの唇が歪み、髪が逆立ち、その体から濃い魔力が溢れる。その魔力は、レラの前面に流れ、虚空に血のような赤黒い魔法陣を3つ描き出す。
「エミリア!」
リカードが後ろを向いて叫ぶ。それと同時に後ろに向かって走る。ランドルフとダニエルもそれに続き、エミリアは小さく頷くと意識を集中する。
「全員、エミリアの後ろへ」
リカードの指示が飛ぶ。
エミリアが少し前に出て、後方にいた全員が急いでエミリアの後ろへとまわる。
3つの魔法陣から魔法が放たれるのと、エミリアの魔力障壁が展開されたのは、ほとんど同時だった。
不気味な色の3つの魔法陣からは、それぞれ炎の矢、氷の
しかもその数は、かなりの数にのぼった。
それが、エミリアの魔力障壁に阻まれて霧散していく。
エミリアを中心に展開されている半球状の光の障壁。
その障壁は、レラの魔法が当たる度に、月の光にも似た金色の光を放ち、その輪郭をあらわにする。
金属の針まで霧散させているのは、もとが魔法だからだろうか。いずれにしても、障壁はすべての魔法を防ぎ、その後ろだけは安全地帯となっていた。
しかし、前に出ていたリカードたち3人は後退が間に合わない。障壁に守られていない3人は、大量の魔法攻撃に否応なくさらされる。
雨の様に降り注ぐ三種の魔法攻撃を、ダニエルはそのスピードをもってギリギリで躱し続ける。そして、なんとかエミリアの展開する障壁の後ろに滑り込んだ。
ランドルフは、その大盾でリカードを守りながら、じわじわと下がる。彼の大盾には、何らかの魔法的効果がほどこされているのか、エミリアの障壁ほどではないにしても、当たった魔法を消滅させていく。
そして、なんとか魔法の直撃を避け、二人はエミリアの障壁内へと逃げ延びた。
「リカード様、申し訳ありません。あまり長くは持ちません」
エミリアの額には玉のような汗が浮かび、呼吸が荒い。その顔が苦痛に歪む。
無理もない。レラの魔法が障壁にあたるたびに障壁を削る。エミリアはそのほころびを
「撤退しますか?」
まだまだ余裕がありそうなレラを睨みながらランドルフがリカードに問う。
「いや、ダメだ。あんなバケモノ、放っておくわけにはいかない。なんとかしなければ……」
「この弾幕の数、さすがに近づける気がしねぇ。近づけさえすれば、俺の短剣でも魔法は斬れるんだが……」
「ああ。せめてあの魔法陣、一つでも減ってくれれば」
リカードの言葉に、ルイスとダニエルが悔しそうにレラの魔法陣を睨む。
「アル、
「はい! 分かりました」
リカードの思いつきに、すぐさまアルフレッドが答える。
そして、アルフレッドは
そして、ポケットから少し長い弾丸を取り出した。
「ティト、これを使ってくれ。ティトの魔銃に合わせてある。この弾も魔法を打ち消す
「ありがとうございます。アル」
ティトは、アルフレッドから十個ほどの弾丸を受け取った。
ティトは槍をしまうと、代わりに
ガシャンと音を立ててボルトハンドルを戻すとティトは
「行けます」
「僕は右の魔法陣を狙う。ティトは左を頼む」
「はい」
アルフレッドは、
轟音と共に発射された
ビシッという音がして空中に描かれた魔法陣に蜘蛛の巣のようなひびが入る。だが、すぐにそれは修復されてしまった。
「一発じゃダメだ。ティト、何発か同じ場所に」
アルフレッドは慎重に狙いを定め引き金を引く。
弾丸は先ほどと同じ場所に命中した。
間髪入れずにもう一度。二発目の弾丸も、寸分たがわずに同じ場所に命中する。魔法陣に入ったひびはビシビシという音を立てて広がる。
そして三発目。
それが命中した瞬間、ガラスが割れるような音が響き魔法陣が四散した。同時に金属の針の射出が止まる。
アルフレッドとほぼ同時にティトも引き金を引いた。
ティトの弾丸も魔法陣の中央に命中し蜘蛛の巣上のひびを入れる。
ティトは
次弾が装填されたのを確認すると、ティトは再び
ティトの狙いも正確で、修復がはじまった魔法陣の中央に命中する。ひびは一発目よりも広がったがまだ破壊するには足りない。
ボルトハンドルを操作して、もう一度、
三発目。さらにひびが広がる。だが、破壊には至らない。
ティトの
焦るティト。
アルフレッドが担当した魔法陣は既に破壊されている。それなのに、自分のほうは破壊できていない。
ボルトハンドルを操作して4発目。
引き金を引くティト。
弾丸は狙い違わず命中する。
だが、魔法陣は持ちこたえてしまった。破壊には一歩、ほんの少し届かない。
アルフレッドに貰った弾丸はまだある。だが、
再び装填している時間は無い。
ティトの目が絶望に変わる。
だが、その時、隣で銃声が轟いた。
アルフレッドの
ガラスの割れるような音と共に氷の礫を吐き出す魔法陣は粉々に砕け散った。
それを合図にダニエルとルイスが駆ける。
エミリアの障壁から出て、左右に分かれ二人は中央の魔法陣へと迫る。ダニエルは、炎の矢を巧みに躱しながら。ルイスは、向かってくる炎の矢を、二本の短剣で叩き斬りながら、前へと進む。
「はああああぁぁ!!」
「おおおぉおぉおぉお!」
雄たけびをあげながら、ダニエルが中央の魔法陣を斬りつける。ビシッという音と共に魔法陣に亀裂が入る。
その直後、ダニエルの背後に詰めていたルイスが短剣を十字に振る。
ガラスの割れるような盛大な音をたてて、3つ目の魔法陣が砕け散る。
ランドルフの盾に守られながら正面から前に出てきていたリカードが、盾の影から躍り出る。
魔法陣を破壊したダニエルとルイスが左右に分かれ、左右からレラへと接近する。
三人が同時にレラのもとへと接近し、同時に武器を振った。
それぞれの武器が、レラの障壁を消し飛ばす。
届く!
そう思った瞬間、レラの
すさまじい衝撃と突風が三人を弾き飛ばした。
「「リカード様!」」
「兄さん!」
弾き飛ばされ、床を転がるリカード、ダニエル、ルイスの三人に、残りの者たちの悲痛な叫びが重なる。
「あはははは。あははははは。やるわねぇ。おもしろいわ。今日のところは見逃してあげる。坊やたち。また、いつか会いましょ」
そう言うと、レラは左手を後ろの壁へとかざす。
ドゴンッという大きな音と共に、レラが放った衝撃波で屋敷の壁が崩れる。レラは漆黒の羽を羽ばたかせ、突風を巻き起こしながら、崩れた壁から外へと飛び立った。
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