第25話.深夜の捜査②

「犯人は、ここからバルコニーに出たんだよね?」


 アルフレッドは、まだ開いている窓を指した。そして、カテリーナの返事も待たずに、そこからバルコニーへと出る。

 少し遅れて、カテリーナもついてきた。


「ここから飛び降りたのか? 身体強化フィジカルエンハンスしていても、ちょっと怖いな」


 バルコニーの手摺てすりから身を乗り出し、下を見ていたアルフレッドが独り言ちる。地上四階はそれなりの高さがあった。


「ん? 何だこれ?」


 アルフレッドは首を傾げた。

 その手は、粘り気のある白い糸のような物に触れている。それは、手摺に張り付いていて、その先の方だけが風に吹かれて揺れていた。


「なるほどな」


 思いのほか粘着力は強く、手摺にしっかりと張り付いているうえに、引っ張ると驚くほどの伸縮性を発揮する。

 その糸を見て、アルフレッドは納得したように頷いた。


「なあ、カティ。さっき言ってた追撃しようとした時に出た煙って、どこから出ていたか分かるかい?」


 振り向いて訊ねるアルフレッドに、少しだけ首を傾げてから、アルフレッドの立つ位置の2メートルほど右。手摺の下あたりを指した。


「煙は、犯人が飛び降りてから出て来たんだっけ?」

「うん。私がバルコニーに出てきてすぐだったから、数秒しか経ってなかったと思うよ」

「そうか」


 アルフレッドは、カテリーナの指した辺りにいくと、しゃがんで何かを探し始めた。


「これか?」


 ほどなくして、アルフレッドは、流線形をした金属の筒のようなものを拾い上げる。

 その小さな筒のような金属の先端は、まるで何かに強く叩かれたようにひしゃげている。もともとは、先端が少し尖っていたようにも見える。


「銃弾?」


 それは、たぶん、銃弾のような形だったのだろう。

 アルフレッドが使っている魔銃の銃弾よりも、かなり細長いが、形状は似ているところがあった。

 なによりも尖端のひしゃげかたが銃弾が硬い物に命中した時のそれに似ている。


 そして細長いだけではなく、その内部に少し空洞があるのもアルフレッドの銃弾とは異なる。


 空洞のところをよく見ると、何かの薬品だろうか?粉のようなものが付着していた。つまんで匂いを嗅いでみると少しだけ刺激臭がする。


「これが、煙の原因かな」


 アルフレッドは、刺激臭に顔をしかめながら呟く。


「これが銃弾だとすると、ひしゃげているのは着弾の衝撃だよな。どこに着弾した?」


 ぶつぶつと呟きながらバルコニーを調べていくアルフレッド。それをカテリーナは信頼しきった顔で見つめていた。


 しばらく調べていると、部屋の壁の外側。バルコニーの手摺よりも少しだけ低い位置、その石壁が欠けているところを発見する。

 欠けている部分の汚れ具合から、最近欠けたのは間違いなさそうだった。


「ここか」


 そう呟くと、欠けた部分に頭の位置を合わせ、壁を背にしてバルコニーの手摺の向こうに目を向けた。


「嘘だろ? あそこからだと、いくらなんでも遠過とおすぎないか?」


 アルフレッドは驚きのあまり、つい大きな声が出てしまう。


「どうしたの?」


 アルフレッドの声に、カテリーナが反応する。


「ここに発生した白い煙の原因なんだけど、たぶんこれだ」


 そう言ってアルフレッドは、さっき拾った銃弾のようなものを見せる。


「こんなに小さいの?」

「うん。たぶん、これは銃弾なんだと思う。ここに薬品が入っていて、着弾と同時に中の薬品が混ざって煙が出るって仕組みなんじゃないかな」


 白い粉のようなものがこびりついた空洞を指して説明するアルフレッドに、カテリーナは、一生懸命それを覗き込んで頷いている。


「そして、これが銃弾だとした場合、着弾したのがここ」


 先ほど見つけた壁の欠けているところを指す。


「射角から考えると、あの尖塔の上から撃ったとしか考えられないんだよな」


 そう言って、アルフレッドが指した先には貴族街を囲む外壁のさらに上、そこに突き出ている尖塔があった。

 このバルコニーからは少なく見積もっても500メートルは離れている。


「あんなに遠くから? 届くのかな……」


 カテリーナは、アルフレッドが指した尖塔を見つめたまま呟いた。


「少なくても、僕と単発式魔銃アルプトラムには無理だね」

「アル君でも!?」

「うん、単発式魔銃アルプトラムの射程は、どんなに頑張っても50メートルってところだからね」


 先ほどは信じられないといった顔をしていたアルフレッドだが、カテリーナが驚いたせいなのか、今は落ち着いた顔で説明している。


「魔銃にもいろいろあるからね。それに、銃声のような音を聞いた気がするんだ」

「そう言われると、私にもそんな音が聞こえた気がするかも?」


 そう言って、カテリーナは何かを思い出すような素振りを見せる。


 アルフレッドも、自分の部屋のバルコニーから見た時のことを思い出していた。

 確か、あの時の銃声は1回では無かった気がする。


「そうか、逃げていく人影を隠すようにあがった煙も、犯人たちの仕業か」


 後からあがった煙、あれは逃走の補助だったのだろう。

 そうなると、やはり犯人は、あの距離からの正確な狙撃が可能なのかもしれない。そうでなければ、仲間に銃弾が当たってしまうかもしれないのだ。


 しかし、あの尖塔から撃ったという確証はまだ無い。


「あの尖塔、調べてみるか」


 アルフレッドは、城壁の上にある尖塔を睨んで、そう言うと部屋の中に戻っていった。

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