怪盗ナバーロ VS アルフレッド

第24話.深夜の捜査①

 少年は、外から聞こえてきた激しい爆発音で目を覚ました。


 慌てて飛び起きると、バルコニーから身を乗り出して音のする方向を確認する。音はオーティス男爵家の屋敷がある方向から聞こえて来る。


 屋敷のそばで連続して爆炎があがる。一瞬だが、爆炎の先に逃げていく人影が見えた。


 そのすぐ後、人影が見えた向こうに煙があがる。その時、かすかに銃声のような音を聞いた気がした。


「リリィ、カティ!?」


 少年は、オーティス男爵家に住む幼馴染の名を呟いた。


 なんとなく嫌な予感に襲われる。


 彼は慌てて着替えると、急いで部屋を後にした。


 少年の名はアルフレッド・リード。

 リード子爵家の三男で、今年16歳になる。リリアーナの幼馴染だ。


 少し癖のある艶の無い金髪を、肩に届きそうなほどに伸ばしていて、深いダークブルーの瞳が、優しそうな印象を与える。

 すらっとした長身に、動きやすそうな服に身につけていた。


 騒ぎのあったオーティス男爵家は、アルフレットの住むリード子爵家の隣で、歩いて1分もかからない距離だ。


 アルフレッドは、屋敷の入り口に立つとドアノッカーを激しく打ち鳴らした。深夜だが、あれだけの騒ぎがあったのだ。既に、みんな起きているだろう。


 しばらくすると、唐突にドアが開かれる。

 出てきたのは黒の執事服に身を包んだ壮年の男だった。オーティス男爵家の執事、スチュワートだ。

 

「アルフレッド様でしたか」


 スチュワートは、アルフレッドを見るなり少しだけ緊張を和らげる。幼いころから、毎日のように行き来しているアルフレッドとは、もちろん顔見知りだった。


「先ほどの騒ぎは何か分かるかい?」

「分かりません。私も騒ぎを聞いて起きてきたところです」


 アルフレッドの質問に、スチュワートは顔を曇らせて首を横に振った。無理もない。騒ぎからは、まだ10分も経っていなかった。こうして執事服を着て出てくるだけでも早い対応と言えるだろう。


「そうか。リリィが無事かわかるかい?」

「お部屋にいらっしゃると存じますが、確認したわけではございません」

「分かった。ちょっと、あがらせてもらうよ」


 スチュワートの答えも聞かず、アルフレッドはずかずかと屋敷にあがりこんだ。そして、勝手知ったるという感じで、迷わずリリアーナの寝室へと向かう。

 スチュワートも特に咎めることもなく、会釈するとアルフレッドを見送った。


 急いで階段を駆け上がる。すぐに4階の角部屋にあるリリアーナの寝室の前まで来ると、ドアを叩いた。


「リリィ、カティ。僕だ。二人とも無事か?」


 部屋の中で慌ただしく動く気配がしたかと思うと、勢いよくドアが開けられ、中から出て来た少女がアルフレッドの胸に飛び込む。


「アル君!? お姉ちゃんが! お姉ちゃんが……」


 少女は泣きそうな声で言うと、アルフレッドの服にしがみつく。


「ん? カティなのか? リリィは?」


 どうやら、目の前にいるのはカテリーナらしい。

 カテリーナはリリアーナの双子の妹なのだが、今は理由わけあってリリアーナの身体を二人の魂と意識が共有している。

 この不思議な状態を可能にしていたのが、ずっと身に付けていた封魂結晶アニマ・クリュスなのだが。


「お姉ちゃんが……」

「カティ? 封魂結晶アニマ・クリュスはどうした?」


 アルフレッドは、泣いているカテリーナの肩を掴んで優しく引き離すと、その胸元にあるはずのものを探した。


 ずっと、そこにあった紅い宝石がついたネックレスが無くなっっている。


「くそっ、さっきの騒ぎはそれか」

「どうしよう? アル君。お姉ちゃんが、封魂結晶アニマ・クリュスが……。盗られちゃった」


 先ほどバルコニーから見た、爆炎と人影のようなものは、封魂結晶アニマ・クリュスを奪って逃げる犯人と、それを追うカテリーナの魔法だったのだろう。

 どうやら、リリアーナの意識も封魂結晶アニマ・クリュスと共に奪われてしまったらしい。

 ちょうどリリアーナの魂と意識が封魂結晶アニマ・クリュスに入っているときに奪われたのだろう。


 さっきからカテリーナが訴えていたのは、そういうことだ。


「そうか。でも、カティだけでも無事でよかった」


 アルフレッドはそう言うと、優しくカテリーナを抱きしめる。


「でも、お姉ちゃんが……」

「大丈夫だ。リリィは僕が必ず取り戻す」


 カテリーナは、その言葉に小さく頷くと再びアルフレッドの胸に顔をうずめる。

 そんなカテリーナを優しく抱きしめながら、子供をあやすように背中を軽くたたく。しかし、その目は部屋の向こう。窓の外を睨んでいた。


「さあ、カティ。盗まれた時のことを教えてくれるかい?」

「うん……」


 カテリーナは、ぽつりぽつりと盗まれた時のことを話し始めた。




 目が覚めたら目の前に知らない男がいたこと。

 封魂結晶アニマ・クリュスは、チェーンを引きちぎられて奪われてしまったこと。


 犯人は、バルコニーからためらわずに飛び降りたこと。

 魔法で攻撃したが逃げられてしまったこと。

 バルコニーに出て追撃しようとしたところで、白い煙に包まれて追撃できなかったこと。



 一つ一つ丁寧に語るカテリーナの言葉を、アルフレッドは、ときどき相づちを入れながら聞いていた。


 カテリーナの説明が一通り終わったのを確認すると、今度はアルフレッドの方から質問する。


「カティは、犯人の顔は見たんだよね? 何か、特徴みたいなもの覚えてないかな?」

「暗くて良く見えなかったけど、暗い中で少し目が光って見えた気がする……」

「そうか。なんだか猫の目みたい感じかな。それは、夜目が効く種族かもしれないね。獣人の中にはそういう特性を持った者もいるらしい」


 アルフレッドは腕を組みながら、部屋の中をゆっくりと歩いている。


「あ、そう言われると逃げる時に尻尾が見えたような気がする」

「どんな尻尾か分かるかい?」


 カテリーナは小さく頷いた。


「えっと細くて長い尻尾かな。ルーファスさんみたいな」

猫獣人みゃうかな。もしくは、それに近い種族かもしれないな。カティ、いい情報だ」


 アルフレッドは、カテリーナに優しく頷く。

 それを見て、カテリーナは涙で腫らした目を少しだけ細めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る