第26話.深夜の捜査③

 屋敷を出たアルフレッドとカテリーナは、くだん尖塔せんとうがある外壁を目指した。


 屋敷の外では、何人かの警備兵たちが犯人を捜していた。だが、怪しい者が捕まった気配は無い。


 アルフレッドたちも、屋敷を出てすぐに警備兵に止められたが、事情を話すと警備兵は二人に同行してくれた。

 それによって、それ以降は警備兵に止められることなく外壁に到着する。


 外壁の内側には、ところどころに階段が設置されている。

 外側からは登るのが難しいが内側からなら簡単に登れるようになっているのだ。


 アルフレッドとカテリーナは、その階段の一つを登りはじめる。階段の幅は1メートルほどで、手摺などもない。


「アル君。ちょっと、怖いね」


 カテリーナは、壁に張り付くようにしながらアルフレッドを追って階段を登っていく。つい下を見てしまい、足がすくみそうになるのに耐えながら、控えめにアルフレッドのそではしを掴む。


「カティ。怖いなら下で待っていてもいいんだよ」

「ううん。大丈夫」


 口をきゅっと結んでカテリーナはかぶりを振る。

 それを見たアルフレッドは、何も言わずにカテリーナの手を握ると、そのまま前を向いて階段を登っていった。


 強く握られたその手の暖かさに勇気づけられてカテリーナもアルフレッドについて登っていく。


「きゃっ」

「大丈夫か? けっこう風があるね」


 外壁の上に出たとたんに、強風にあおられる。アルフレッドは繋いだ手を、もう一度しっかりと握りしめた。

 遮るものが無い外壁の上は思ったよりも風が強い。


 外壁の上は4、5メートルほどの幅の歩廊となっていて自由に歩き回ることが出来る。歩廊の外側には凹凸の狭間はざまがある胸壁きょうへきが設けられていた。


「あそこに見えるのがカティの家だね」

「うん」


 胸壁の間からアルフレッドが遠く離れた屋敷を指す。


「思った通り、ここからならカティの屋敷全体が見渡せるな」


 おそらく、この辺り以外では他の建物に邪魔されて、屋敷全体を見渡すことは出来ない。


「うん、でも、遠いね」

「そうなんだよ。遠過ぎる。やっぱり、ここから狙えるとは思えないんだよね」


 アルフレッドは、腰のホルスターから単発式魔銃アルプトラムを抜くと、屋敷に向かって狙いをつける。


「アル君?」

「やっぱり無理だよな」


 単発式魔銃アルプトラムをおろすと首を振った。カテリーナ達の部屋は見えるし、バルコニーも分かる。


 だが、遠過ぎる。


 バルコニーは親指ほどの大きさにしか見えない。それに風の影響もある。

 この距離ではバルコニーに銃弾を届かせるだけでも至難の技だ。

 とても狙った場所に命中させるなど出来ないと、そう思った。


 その時、ふとアルフレッドの脳裏に、イーリスのやかたで見た異様に銃身の長い魔銃の姿がよぎった。


 あの銃身の長さが射程に影響を与えるとしたら、ずっと遠くのものを狙えるかもしれない。


「ちょっと、あの尖塔の屋根の上まで行ってくるよ。カティはここで待っていてくれるかい?」

「えっ、あんなところに登るの? 危なくない?」

「大丈夫、落ちたりしないさ」


 心配そうに見つめるカテリーナに、ひらひらと手を振りながら、アルフレッドは尖塔へと向かった。



 外壁の上は、定期的に兵士が巡回している。

 もし、外壁から狙撃をしていたのであれば、兵士が巡回するここからではない。

 兵士たちの死角になる尖塔の上。

 そもそも、銃弾の跡に視線を合わせて、バルコニーからこちらを見た時に手摺の先に見えたのは、尖塔の屋根だけだった。

 それを考えても、もし魔銃で煙を発生させたのだとしたら犯人は尖塔の上にいたはずだ。



 アルフレッドは、尖塔の内部に入った。

 そこは、ちょっとした武器庫のようになっていて、いくつもの弓と矢が蓄えられていた。


 その武器に埋もれるように、上へと続く梯子がある。その梯子を登って上階に出ると、そこには狭間と呼ばれる弓を射るための大きな穴がいくつも開いていた。


 アルフレッドはそのうち一つから顔を出した。

 下には、心配そうに見上げるカテリーナの姿が見える。


「アル君、大丈夫?」

「ああ」


 下からのカテリーナの声に、軽く手を振るとアルフレッドは、狭間から外に出る。

 そして、屋根に手をかけると、腕の力だけで屋根の上へと体を持ち上げた。


 先ほどと同じ、いやそれ以上にここからならカテリーナたちの部屋を狙いやすい。

 アルフレッドは、ここからの景色を見て、やはり犯人の一人がここにいたのだろうと確信めいたものを感じた。


「何か、何か痕跡は残っていないのか?」


 アルフレッドは、屋根の上を歩き周って犯人の痕跡を探す。


 もし、犯人がここにいたという確証が得られれば、犯人がもう貴族街からは逃走していると断言できる。兵士たちに気付かれずに、こんなところに登れる彼らだ。

 ここにいないということは、既に合流して平民街側に落ち延びているはずだ。


 しばらく屈んで屋根の上を触ったりして犯人の痕跡を探していたアルフレッドだが、諦めたように立ち上がった。


 そして、最後に反対側。平民街側へと向かう。

 その時、雲間から月が顔を出した。辺りが月明かりに照らされる。

 一瞬だけ、空中に光の筋が走った。


「なんだ?」


 アルフレッドは気になって目を凝らす。

 そこには、細い糸のようなものが風に揺れていた。手を伸ばす。


 蜘蛛のような糸。先ほどカテリーナたちの部屋のバルコニーで見つけた粘着性のある糸と同じだった。

 その糸を辿ると、屋根に貼り付いている。

 それも2つ並んで。


「バルコニーから飛び降りたのと同じように、ここから飛び降りたのか?」


 屋根から身を乗り出すように、下を見たが。そこには平民街の街並みが広がっているだけだった。

 深夜のため、一人として歩いている者は見当たらない。


 犯人は既に平民街に逃げ延びている。

 そう確信したアルフレッドは、もう屋根の上には用はないと言わんばかりにカテリーナの待つ外壁の上に飛び降りた。


「きゃっ」


 突然降りて来たアルフレッドにカテリーナが悲鳴をあげる。


「待たせたね。犯人の痕跡を見つけたよ。さあ、リカード様に報告に行こう」


 そう言うと、アルフレッドは外壁を降りるため階段へと向かった。

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