第27話.リカードの采配①

 この国の侯爵であり、フォートミズ周辺の広い地域をべる領主でもあるヴァイスマン侯爵家。

 王都に常駐している現当主に代わり、領地の執政を行っているのは、息子のリカードだ。


 深夜0時よりも少し前、まだ執務室で仕事をしていたリカードは、そろそろ仕事を切り上げようと、執務机を前に大きく伸びをした。


 ちょうどその時、屋敷の外から連続して爆発音が響く。


「聞こえたか?」

「はい。魔法でしょうか?」

「だろうな。ちょっと調べてきてくれ」

「畏まりました」


 常にそばに控えている老執事と言葉を交わすと、リカードは立ち上がって執務室の窓から外を見る。

 オーティス男爵家の方向に光が見え、何度か爆発音が響いたがそれもすぐにおさまった。


 老執事の方は、そんなリカードの後ろ姿に頭を下げると部屋を出て行く。

 老執事の名をオズワルトと言った。

 

 リカードはしばらく窓から外を見ていたが、それ以降は特に動きは無さそうだった。


 再び執務机に向かって、待つこと20分ほど。

 執務室の扉をノックする音が聞こえた。


「入ってくれ」


 扉の外へと届くように少し大きな声で答えると、静かに扉が開かれ、先ほど出て行ったオズワルトが一人の男性を連れて入って来た。


 その男性は、オーティス男爵家の当主、サイモン・オーティスだった。

 先ほど窓から光が見えたのは、彼の屋敷がある方角だ。


「サイモン、何があった?」


 急いで来たのだろう。サイモンの額は汗で濡れていて、少し呼吸も荒い。そんなサイモンを気遣いながらもリカードは尋ねた。


「深夜の突然の訪問、まことに失礼致します」

「気にするな。それよりも何があったか教えてくれるか?」


 リカードは問題ないというように小さく首を振る。


「はい。先ほど、娘の部屋にぞくが入り封魂結晶アニマ・クリュスが盗まれ……」

「なんだと!?」


 サイモンが最後まで言い終わる前に、リカードはガタッと音をたてて勢いよく立ち上がった。


「魔族か? それに、ご息女は無事なのか?」

「魔族かは分かりません。それと娘は無事のようですが、封魂結晶アニマ・クリュスが盗られてしまっているので、今後どうなるか……」


「そうか」


 サイモンが、リカードの勢いに困惑しながらも、なんとか答えると、リカードは複雑な顔をして椅子に座りなおした。


「オズワルト!」

「はっ」


 リカードが呼ぶと、かたわらに控えていた老執事が短く返事をする。

 白いものが多くなった髪を短く刈り込み、少しも乱れの無い黒の執事服に身を包む。背筋を伸ばした隙の無い立ち姿と、鋭い眼光はまったくその歳を感じさせない。

 リカードは、この老執事に全幅の信頼を置いていた。

 その執事に向かってリカードが口を開く。


「フォートミズの全ての門を封鎖。誰も街の外に出すな。それから騎士団と兵士、動ける者を全員招集してくれ。招集に応じたものから、門の警備と巡回の強化にあててくれ。不審者はとりあえず捕らえろ。報告は1時間に1回だ」


「畏まりました」


 矢継ぎ早に指示を飛ばすリカード。それを最後まで聞き終えたオズワルトは、静かに頭を下げて部屋を出て行った。


 リカードは、オズワルトの後ろ姿を見送ると少しだけ緊張を解く。


「さて、サイモン。先ほどの爆発音は賊の仕業しわざか?」

「いえ。恥ずかしながら、娘が賊を追って魔法を放ったようです。その時の爆発音かと思います」

「なるほど。ご息女もなかなかやるじゃないか」

揶揄からかわないでください。淑女にはあるまじき行為だと、いささか心配しております」


 サイモンは恥じたような顔をしているが、リカードは愉快そうに白い歯を見せる。


「賊について、心当たりは?」


 サイモンは首を横に振る。


「では、賊の手掛かりは?」

「ありません。ですが、アルフレッド様が何か見つけたかもしれません」

「アルが?」


 リカードは興味深そうに目を細めた。


「はい。私がここに来る前に『外壁を見て来る』と言って、娘と外壁へ向かったようです」

「そうか……」


 リカードは一瞬だけ目を閉じて考える素振りを見せる。


「それなら、少し待っていればアルが手掛かりを持ってくるかもしれないな」


 確信めいた表情を見せるリカードだが、サイモンはまだ不安そうな顔をしていた。


「まあ、そっちはアルに任せておこう。それで、封魂結晶アニマ・クリュスを盗られたってことは、カテリーナ君の意識は大丈夫なのかい?」

「それが、カテリーナの意識は残っているようでして、賊が逃げた後も変わらず話は出来ました」


「そうか。そうすると、もう封魂結晶アニマ・クリュスが無くても、カテリーナ君の意識を留めることが出来るのか? しかし、同時に二人の意識が発現することは出来ないだろうし。そうなると、眠っている方の意識はどこに?」


 リカードは腕を組みながら、ぶつぶつとひとりで呟いている。ときおり首を傾げたり、眉間に皺を寄せたりしている。


「もしかして!? いや、まさかな」


 そんな声をあげた後、突然リカードは顔をあげた。


「サイモン、賊が入った後、リリアーナ君とは話したかい?」

「いえ、話したのはカテリーナだけです」


 サイモンは、一瞬だけ何かを思い出すように視線を上に向けたが、すぐにそう答えた。


「そうか。今、封魂結晶アニマ・クリュスに封じられているのはリリアーナ君の意識の方かもしれない」


「は?」


 サイモンは少し間の抜けた声を発した。


「つまり、リリアーナ君の魂は封魂結晶アニマ・クリュスと共に奪われた可能性が高いんだ」

「そんな……」


 サイモンの顔がみるみる青くなる。


「では、娘は? リリアーナはどうなるのです?」


 すがるような声でサイモンは、一歩リカードに詰め寄った。


「盗まれた封魂結晶アニマ・クリュスを取り戻すしかないないだろうな」

「お願いしますリカード様。どうか娘を助けてください!」


 サイモンは必死にリカードに頭を下げる。

 そんなサイモンにリカードは力強く頷いた。

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