第28話.リカードの采配②

「アルフレッド様たちがお見えになりました」


 しばらくして、扉を叩く音とオズワルトの声が聞こえた。


「入ってくれ」


 リカードがそう言うと、アルフレッドとカテリーナがリカードの執務室に入って来た。二人に続いて、オズワルトも部屋に入る。

 先ほどのリカードの命令は、既に指示を出してきたのだろう。オズワルトは、そのままリカードの背後に控える。


「やあ、アル。待っていたよ。来て早々で悪いが一つ教えてくれ。カテリーナ君の意識があるってことは、リリアーナ君は?」

「盗まれた封魂結晶アニマ・クリュスの中です」

「やはり、そうか!?」


 リカードは自分の予想が当たっていたことを、苦い表情をしながら噛み締めた。


「分かった。封魂結晶アニマ・クリュスの奪還には全力で当たることを約束するよ」

「ありがとうございます」


 苦い表情のままのリカードに、アルフレッドは信頼のこもった眼差しで頭を下げた。


「それで、アル。何か分かったのかい?」


 リカードは、アルフレッドに期待を込めた視線を送り、彼の答えを待った。


「はい。まず、犯人の一人は獣人、それも猫獣人みゃうに近い種族である可能性が高いです」

「ほう、それはかなり絞り込まれるね。根拠はあるのかい?」


「犯人を目撃したカティが、暗闇で目が光っていたことと、ルーファスさんのような尻尾がついていたこと。この2つの身体的特徴を証言しています」

「なるほど」


 リカードは満足そうに頷くと、アルフレッドの斜め後ろに控えめに立っているカテリーナに視線を向けた。

 カテリーナは緊張した面持ちで小さく頷く。


「アルは、さっき犯人の一人・・・・・と言ったね。ということは、今回の犯行は複数犯なのかい?」

「はい。少なくても主犯の逃走をサポートした者がいるはずです。カティの部屋のバルコニーに魔銃で撃たれた痕跡がありました」


 そう言って、アルフレッドはバルコニーで拾った先端のひしゃげた金属の筒のようなものをリカードの執務机の上に置いた。


「これは……! 長距離用の銃弾か」

「分かるんですか?」


 リカードの反応に、アルフレッドは驚きの声をあげた。


「うん。イーリスの館に銃身の長い魔銃があってね。調べてみると、従来のものよりもはるかに射程が長くて正確なことが分かったんだ。その魔銃と一緒に見つかった銃弾の形状が、よく似ている」

「あれは、やっぱり魔銃だったんですね」


 アルフレッドはイーリスの館の宝物庫を思い出す。

 あの時は、カテリーナの身体が乗っ取られたこともあり、ちょっとしか見られなかったのだが、やはりという思いがある。

 あの後もいろいろあってすっかり忘れていたが、確かリカードが宝物庫にあった魔法道具を回収していたことを思い出した。


「リカード様、その長距離用の魔銃は、どのくらいの射程でしょうか?」

「そうだな、せいぜい200メートルといったところかな」


 200メートルという数字にアルフレッドは首を傾げた。


「恐らくですが、犯人は500メートル離れた場所から撃ったものと思われます」

「500メートルだと?」


 今度はリカードが驚いて大きな声をあげた。

 カテリーナが驚いてビクっと肩を震わせる。オズワルトも少し驚いたのか、直立したままの姿勢で、右眉をほんの少しだけ動かした。


「500メートルなんて、そんなに離れていたらほとんど視えないじゃないか?」

「そうなんですよね。でも、4階のバルコニーの壁に残った銃弾の跡と、手摺の高さからその射角を考えると、4階よりも高い位置から撃ったとしか考えられません。そして、4階のカティ達の部屋を狙えるのは、外壁にある尖塔の上しかありませんでした」


 アルフレッドは、調べた結果を丁寧に説明する。

 リカードは、しばらく腕を組んで考えていたが、やがて顔をあげた。


「なるほど。僕の知らない魔法道具の効果かもしれないね。しかし、そんなことが本当に出来るのなら、恐ろしい話だね。500メートル先からの攻撃は、さすがに気付けない」

「はい。いつ、どこから銃弾が飛んでくるか分からないというのは、恐怖でしかないですね」


 500メートル離れた場所からの銃撃。それは、意識の外からの攻撃となる。

 とても防げるものではない。

 今回も、犯人にその気があればカテリーナを撃つことだってできたはずだ。そう考えると、背中に冷たいものが走る。


「それで、外壁は見てきたんだろう?」


 リカードは話を戻すように、そうアルフレッドに聞いた。


「はい。尖塔の上に犯人の痕跡らしきものが残っていました。こちらです」


 そう言って、アルフレッドが机の上に貼り付けたのは、白い粘着性のあるゴミのようなものだった。

 リカードは、おそるおそるといった雰囲気でそれに手を触れると、なんとも言えない嫌そうな顔をした。


「なんだい、これは?」

「糸、だと思います。それも、おそろしく丈夫で伸縮性のある糸です」


 アルフレッドがそう言うと、リカードは机に貼り付いているゴミのようなものの端を持って引っ張ってみた。

 すると、そのゴミはゴムの様に伸びる。

 どれだけ引っ張っても、伸びるだけでまったく切れる気配を見せないその糸をリカードは興味深そうに観察した。


「なるほどね。それで、アルは、これが犯人の残したものだと言うのかい?」

「はい。同じものがバルコニーの手摺にも残っていました。尖塔の屋根の上には、貴族街とは反対の方向に二つ。犯人は、バルコニーや尖塔から飛び降りる時に、この糸の伸縮性を利用して、落下の勢いを緩めていたんじゃないかと思います」


「アルの推理が正しければ、犯人はもう貴族街にはいないってことだね」


 アルフレッドの説明に頷いていたリカードは最後にそう言った。

 そして、オズワルトの方へと顔を向ける。


「オズワルト。聞いての通りだ。貴族街の兵を全て街の外壁へ回してくれ。平民街の兵も半分は外壁に回してほしい。犯人は外壁くらい軽く超えられるだろう。外壁の内側に篝火を焚いて、外壁に近づく者がいないか目を光らせろ。ねずみ一匹、街の外には出すな」

「はっ! 畏まりました」


 返事をして部屋を出ようとしたオズワルトをリカードは呼び止めた。


「犯人像だが、二人組の獣人。それも猫獣人みゃうである可能性が高い。既に、街を出たことも考えられる。何人か街道を探すように手配してくれ。夜が明けたら聞き込みも頼む」


 リカードは、そう言うとオズワルトに頷いて見せた。

 オズワルトは頭を下げると、今度こそリカードの部屋を後にした。

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