第29話.リカードの采配③

 オズワルトが去った後、アルフレッドもカテリーナを連れて部屋を出ようとしたが、リカードに呼び止められた。


「それにしても、よくそこまで調べたね。たいしたものだよ」


 アルフレッドを誇らしげに見るリカードに、居心地の悪さを覚える。

 アルフレッドにしてみれば、自分で犯人を見つけたかったのだ。しかし、こうしてリカードを頼らざるを得ないという忸怩じくじたる思いがある。


「まあ、そんな顔をするな。一人では調査に限界がある。僕のところに来たのはいい判断だと思うよ」


 そう言うリカードにアルフレッドは頭を下げた。


「アルの調査があったからこそ、早くに手を打つことが出来たんだ。それが無かったら、きっと朝まで貴族街を中心に捜査していただろうし、そうなれば確実に逃げられていただろうね。まあ、まだ犯人を捕まえたわけじゃないんだけど、君の行動と判断は間違っていない」


 リカードにそこまで言ってもらえると悪い気はしなかった。

 だが、まだリリアーナを取り戻せたわけではないのだ。褒められたからと言って気を抜くわけにはいかない。

 本音を言えば、今すぐにでも犯人を捜しに行きたいくらいだ。


「いずれにしても、アルはよくやったと思うよ。後は兵士たちからの報告を待とうか」

「あの……。僕たちも捜しに行ってはダメなんでしょうか?」


 アルフレッドは焦りのあまりつい、そう口に出してしまう。


「なにか当てはあるのかい?」


 少しだけするどい声でリカードが聞き返す。


「……ありません」


 アルフレッドは言葉に詰まる。

 そして、大きく首を振った。


「そうだろう。数が頼りになる場合も多い。今はそういう状況だよ。それに、情報はここに集まってくる。だから、ここで待ってるといい」

「はい……」


 リカードの言っていることは分かる。

 それが正しいと言うことも。

 アルフレッドも頭では納得しているのだ。しかし、気持ちの方は、そう簡単に割り切れない。はやくリリアーナを助けなければという気持ちで、つい焦ってしまう。




「ちょっと話を変えようか。アルは、怪盗ナバーロって名前を聞いたことがあるかい?」


 そんなアルフレッドの気持ちを察してか、リカードは話題を変えた。

 アルフレッドは少しの間、記憶を辿ってみたがその名前に心当たりはない。


「聞いたことはありません」

「貴族の屋敷ばかり狙う盗賊らしいんだけどね。はっきりと正体が分かっているわけじゃないんだが、どうやらその盗賊、猫獣人みゃうの二人組らしいんだ」

猫獣人みゃうの二人組ですか? それって!?」


 アルフレッドがハッとして大きな声をあげる。


「そう。アルがさっき話してくれた犯人像に近いだろう?」

「はい。では、その怪盗ナバーロが封魂結晶アニマ・クリュスを盗んだんでしょうか?」


 アルフレッドが食いつくようにリカードに詰め寄るが、リカードは顎のあたりを右手で触って考え込むような素振りを見せる。


「うーん。どうだろうね。正直なところ、分からないんだ。怪盗ナバーロは、いわゆる義賊ってやつで、狙われるのは民から評判の悪い貴族ばかりって話だからね。オーティス男爵家が、彼らのターゲットになるとは思えないんだ」

「今まではそうでも、気が変わったとか、知られていないだけだとか。そういう可能性もありませんか」

「確かに、それは無いとは言えないね」


 そう言いながらも、いまいち腑に落ちないという表情を見せるリカード。


「他に、その怪盗ナバーロについて、特徴などはありませんか?」


 何か分かるかもしれないと、アルフレッドは必死にリカードに尋ねた。


「彼らが盗みに入る前には、予告状を送りつけてくるらしい。それで、名前が知られるようになったというところもあるようだ」

「予告状ですか?」


 アルフレッドがカテリーナの方へと視線を送ると、カテリーナはふるふると首を振った。


「予告状は来ていないようですね」

「ふむ。他には変装が得意だとか、逃走するときに煙幕を使うとか、そんな噂があるね」

「煙幕!?」


 アルフレッドが声をあげた。


「今回の犯人も逃走するとき煙幕を使っていました。先ほどの銃弾ですが、中に薬品が仕込まれていて、着弾と同時に煙が出るようになっているようです」

「なるほど。ということは、逃走方法は似ているかもしれないね」


 リカードは、いったん深く息を吐きだす。


「そうか。それであの噂かもしれないな」

「なんのことです?」


 アルフレッドが食い入るように訊ねる。


「いや、怪盗ナバーロは単独犯という噂と二人組って噂の両方があるんだ。一人が遠距離からのサポートに徹している場合があるなら、その噂も頷けると思ってね」

「そうか。500メートル離れた場所からの狙撃によるサポートなら、サポートの存在には気付かない可能性が高いですね」

「いよいよ、ナバーロの可能性が高くなってきたんだが、それが分かったとしても、肝心の居場所は分からないんだよな」


 リカードがそう言うと、アルフレッドは『そうですか』と小声で言って肩を落とした。


「こんなことなら、もう少し怪盗ナバーロについて調べておけばよかったよ。どうにも、悪い奴らってわけじゃなさそうだったから調べなかったんだよね。すまないな。アル」

「いえ、それは仕方ないです。しかし、それではなぜ彼らは封魂結晶を盗んだんでしょうか?」


 しばらく腕を組んで考えていたリカードだが、やがて首を横に振った。


「分からない。何か理由があるのかもしれないけどね。それは、捕まえてから聞くとしようか。しばらくは兵士に任せて、座って待っているといいよ」


 そう言うと、リカードはアルフレッドとカテリーナに執務机の前にあるソファを勧めた。

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