第30話.ルイスの誤算

 ルイスとティトは焦っていた。

 夜明け前には街を出るつもりだったのに、いまだに出られないでいる。


 街から出るために、西門に到着した時には、そこは兵士たちによって封鎖されていた。


 普段は夜でも開かれている門が、どういうわけか固く閉ざされている。

 門を出ようとしていた人々と兵士が言い争っているのを見て、ルイスたちはそっと引き返した。



 急ぎの用がある商人、夜間の獲物を狙う猟師。夜明け前に収穫をしたい農家など、夜に街を出入りしたい者たちは少なからずいる。

 それなのに急に門が閉鎖されたのだ。

 西門の周辺は少なからず混乱していた。



「これって、僕たちのせいでしょうか?」


 ティトが不安な顔で言うと、ルイスに鼻で笑われた。


「バーカ、そんなわけないだろ? たかが宝石一個だぞ。ここまですると思うか?」

「それはそうですよね」

「それに、あれからまだそれほど時間も経っていない。俺達が原因だったら、この対応は早過ぎる」


 ルイスが盗んだのは封魂結晶アニマ・クリュスという名の少し大きな宝石一つだけだ。少なくてもルイスたちはそう思っている。

 封魂結晶アニマ・クリュスがどういものかは、彼らは知らない。


 だから少し大きめの宝石一つに、これだけの兵士が動員されているなんて、とうてい信じられなかった。



 どういう理由があるかは分からないが、現在、門が封鎖されているのは事実だ。

 あるいは、もっと早くに来ていれば出られたのかもしれない。

 実際、盗んだ後まっすぐ向かっていれば1時間とかかっていないはずだ。だが、ここに来るまでに2時間ほどかかっている。

 それには、訳があった。


 二人には、どうしても行かなければならないところがあったのだ。

 それは、ディックの家だ。


 ディックは、ルイスが手足を縛って猿ぐつわを噛ませて家に転がしてあった。

 ルイスが変装している間に出てきてもらっては困るからだったのだが、かといってそのまま放っておいて街を出るわけにもいかない。そんなことしたら、助けも呼べずに死んでしまうかもしれない。

 だから、ルイス達は彼を解放するために一度ディックの家に行く必要があった。

 ディックにファンガスの眠り粉を少し振りかけ、眠らせたところで縄を解いてきた。


 それが悪かったわけではないはずだが、ルイスとティトは結果的にまだ街を出られないでいる。


「まあ、どちらにしても、この西門からは街の外には出られないな」

「そうですね。これは諦めて他の方法で街から出るしかなさそうです」


 二人はもう一度、門のほうを確認すると兵士たちに見つからないように、その場を後にした。


「どこから出ます?」

「そりゃ、壁を超えるしか無いだろう。あの調子じゃ、他の門も封鎖されているだろうしな」


 そう言いながら二人は南、スラムのほうへと向かう。

 門の近くは兵士が多いため、少し離れた目立たない場所から外壁を超えるつもりだ。


 外側の外壁は貴族街のそれよりも高い。

 さすがの怪盗ナバーロといえ、外壁を登っている間に魔法や矢で攻撃されればひとたまりもない。

 だからこそ、二人は兵士に見つからないように外壁を超える必要があった。



「兄さん、誰か来ます!」


 二人がスラムに足を踏み入れたとき、遠くから複数の足音が聞こえた。

 ティトは耳を立てる。

 二人は慌てることなく、建物と建物の間にある狭いスペースへと身を隠した。


 夜の闇は、暗がりに潜み気配を消す二人を完全に隠してくれる。


 その二人の目の前を、一糸乱れぬ規則正しい足音を立て、二十人ほどの兵士が通り過ぎて行った。


 足音が遠く離れたのを確認すると、ルイスは深い息を吐いた。


「くそっ、嫌な予感しかしねぇな」

「そうですね」


 嫌そうな顔をして吐き捨てるルイスに、ティトも頷いた。


「とりあえず、見てくるか?」


 ルイスはそう言うと、通り過ぎて行った兵士を追うように外壁の方へと向かった。


 だが、そこにはルイスの予想した以上の光景が広がっていた。


「兄さん、これは!?」

「ああ、思っていたよりも、ずっと状況は悪いな」


 外壁の下には、兵士たちがせわしなく動き、等間隔に篝火かがりびが焚かれていた。

 篝火は昼間ほどではないが、しっかりと外壁を照らし出している。この明るさで外壁を登ろうものなら、すぐに兵士に見つかってしまうだろう。


「これでは外壁を超えるのは難しいですね」

「そうだな、兵士たちの警備はさっき通り過ぎた兵士で予想していたが、この篝火は予想外だった」

「まるで、外壁を超えることを読まれているみたいですね」


 悔しそうに外壁を見るティトの隣で、ルイスは鋭い視線を兵士に送っている。


「読まれているみたいじゃない。これは、完全に読まれているな」

「じゃあ、この対応は僕たちへの対応ってことですか?」


 ティトは驚いてルイスを振り返った。


「ああ、残念ながら俺の読み違いだ。さっきあそこにいる兵士が話していたが、探しているのは『二人組の猫獣人みゃうで、外壁くらい軽く超えられる存在』らしい」


 ルイスは苦い顔でそう言った。


 ルイスが見ている兵士は、50メートル以上は、離れている。

 いくら耳のいい猫獣人みゃうでも、その距離で声は聞こえない。

 読唇術。

 ルイスは口の動きを読んだのだ。


「まさか、なぜそこまで分かったんでしょう?」

「さあな。確信があるわけじゃなさそうだけどな。それにしても、たいした痕跡も残していないうえに、この短期間でここまで先手を打たれるとはな」


 ルイスは少しだけ口の端をあげて笑う。


「この宝石に、それほどの価値があるのでしょうか? なんなんでしょうね? これは」


 ティトは、ポケットの中にある封魂結晶を触りながら首を傾げた。


「もしかしたら、とんでもないものかもしれねぇな。しかし、そのせいで、ずいぶんやっかいな相手を敵に回しちまったようだ」

「そうですね。でも、これがないとアミーラが……」

「大丈夫だ。必ず、これを持ってアミーラを助けに行くさ」


 不安な表情を見せるティトを安心させるようにルイスはそう言うと口を緩めた。


「まあ、これだけでかい街だ。ずっと門を封鎖しているわけにもいかないだろう。しばらく身を隠すぞ」

「はい!」


 ティトが元気よく返事した時だった。


「おい、貴様ら。そこで何をしている?」


 兵士の誰何すいかする声が聞こえる。


「やべ、逃げるぞ」


 そう言うと、ルイスとティトは全力でスラムの奥へと向かって走り出した。

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