第31話.アルフレッドの苦悩

 アルフレッドとカテリーナは、リカードの屋敷のゲストルームにいた。


 あの後、『何か分かったら呼ぶから、しばらく別室で待っていてくれるかい』とリカードに言われてあてがわれた、ゲストルームの一室。


 さすがは公爵家のゲストルームだった。アルフレッドの寝室よりもはるかに豪奢な部屋だ。


 二つ並ぶベッドは、大人三人が川の字になって寝ても余裕がありそうなほど広く、真っ白な真新しいシーツが少しの皺もなく敷かれている。

 その上に、見ただけで柔らかいと分かる、大小さまざまなクッションがいくつも並べられていた。


 ベッドの反対側には、シンプルだが贅を尽くした革張りのソファとローテーブルのセットがあり、そのローテーブルの上には、すっかり冷めた飲みかけの紅茶が乗っている。



 リカードには、『まだまだ君達には動いてもらう必要があるかもしれないし、出来ることなら少しでも仮眠を取ったほうがいいよ』と言われていた。


 そうは言われても、そう簡単に眠れるわけも無かった。

 カテリーナはしばらく頑張っていたが、いつの間にか眠ってしまっていた。今はソファの上で丸くなるように体を縮めて、小さな寝息を立てている。



 そんなカテリーナに、アルフレッドは毛布をかけると、自分は窓際に置かれた小さな椅子に座って、睨むように外を見ていた。


「リカード様、待っているだけというのは、なかなか歯痒いものですね」


 アルフレッドは独り言ちて夜の空を睨みつける。


 リカードの言っていることは、アルフレッドにも分かる。


 手掛かりが少ない中で、探しに行ったとしても当てもなく街の中を歩くことくらいしか出来ない。

 そんなことなら、ここで入ってくる情報を整理していた方がいいだろう。

 それに、外に探しに行っている間に決定的な情報も入ってくるかもしれない。


 だから、ここで待っているのが正解だというのは分かっている。分かってはいるのだが、ただ待っているだけがこれほど辛いとは思わなかった。



 アルフレッドは、じっと窓の外を睨みながら犯人のことを考える。


 犯人はなぜ封魂結晶アニマ・クリュスを盗んだのか?

 封魂結晶アニマ・クリュス以外は何も盗られていない。ということは、はじめから封魂結晶アニマ・クリュスを狙っていたということだ。


 犯人は封魂結晶アニマ・クリュスのことをどれくらい知っているのだろうか?



 アルフレッドにしても、まだまだ解明できていない封魂結晶アニマ・クリュス。分かっていることは、イーリスが創った魔法道具で、イーリスの魂が長い年月、それに封じられていたこと。

 そして、今はリリアーナの魂と意識が封じられている。

 仕組みは分からないが、リリアーナとカテリーナが封魂結晶アニマ・クリュスを介して入れ替わることが出来ること。

 このくらいだ。


 どうやって使うのか、どうやったら魂が封じられるのか、それ以外に何かできるのかなどは、分からなかった。


 いろいろ考えてみたが、結局のところ犯人の目的は分からなかった。

 



 魔女イーリスの魔法道具というだけでも価値があると言えばそれまでだが。ただ、たとえそうだとしても、どこから情報が漏れたのだろうか?


 あのネックレスが封魂結晶アニマ・クリュスだと知っている者は少ないし、それがイーリスの手による魔法道具だと知っている者もほとんどいないはずだ。


 先ほどリカードが話していた怪盗ナバーロはどうだろうか?

 リカードの話では貴族ばかりを狙う義賊だということだが、盗まれたものの中には魔法道具や魔法武器なんかも多いらしい。


 それならば、どこかから嗅ぎつけて来たのかもしれない。だが、リカードが言った義賊という言葉がひっかっかった。


 オーティス男爵家にも、ましてやリリアーナやカテリーナには後ろめたいことなど無い。もし、本当に義賊ならば、リリアーナが狙われる理由は無い。



 動機や目的をいろいろと考えてみたが、結局アルフレッドには分からなかった。



 そもそも、犯人がその怪盗ナバーロと決まったわけでも無いのだ。

 でも、そうじゃなかったらいったい誰が?

 封魂結晶アニマ・クリュスを知っていて、その価値も分かる者。


 ふと、『魔族』という名が浮かんだ。

 彼らは、封魂結晶アニマ・クリュスを求めていた可能性がある。


 魔族はイーリスを攫って行ったのだ。

 イーリスその人が目的なのか、それともイーリスの持つ何かが目的かは分からないが、封魂結晶アニマ・クリュスが関係している可能性は十分にある。


「魔族が相手じゃ、まだちょっときついかもな」


 そんなひとり言を漏らす。


 気づいた時には、東の空が白み始めていた。

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