第32話.リカードの采配④

 太陽の光が辺りを照らし始めた頃、ようやく部屋の扉を叩く音が聞こえた。


「アルフレッド様」


 オズワルトの声に、アルフレッドは急いで部屋の扉を開けた。

 いつの間に起きたのか、カテリーナもすぐに扉の前に来る。さっきまで寝ていたというのに意外にもしっかりした足取りだ。


「リカード様が執務室でお待ちです。どうぞこちらへ」


 オズワルトは、アルフレッドとカテリーナに頭を下げると、先にたってリカードの執務室に向かう。



 ほどなくして、三人はリカードの執務室に到着した。


「待たせてしまって悪かったね。アル」

「いえ」


 リカードの気遣いに、アルフレッドは短く答えた。先ほどと変わらない格好で執務机の前に座るリカードも、おそらく寝ていないのだろう。

 だが、疲れた様子など少しも見せない。


「何か分かったのでしょうか?」


 アルフレッドは焦る気持ちを抑えきれず、すかさずリカードに詰め寄った。


「そう焦るな。今、順を追って話すから」

「すみません」


 リカードに詰め寄っていたアルフレッドは、ハッとして一歩下がると、頭を下げて非礼を詫びる。

 それに対してリカードは気にするなというふうに首を横に振ると、話しはじめた。


「今から少し前、ディックという名の兵士が詰所に駆け込んできてね。そのディックが言うには、一昨日おとといから今朝けさにかけて、何者かに監禁されていたというのだ。そして、今朝、気が付いたら縄がほどかれていたらしい」

「一昨日から今朝……ですか?」

「うん、タイミング的にはぴったりだし、怪しいだろう?」


 アルフレッドは素直に頷いた。


「しかも、おもしろいのは、昨日ディックを目撃した兵士が何人もいるということだ。つまりディックは昨日、いつも通り兵士の詰所に姿を現し、いつも通り仕事をしていたらしい」

「それは、どういうことです? いや……そうか、変装ですか?」


 アルフレッドの言葉に、リカードは嬉しそうに頷いた。


「なぜ変装する必要があったのかは、はっきり分からないが、おおかた兵士に変装して下調べでもしてたんじゃないかな」

「そういえば、怪盗ナバーロも変装が得意だとおっしゃってましたね」

「よく覚えていたね。そうなんだよ。これで、怪盗ナバーロが犯人の可能性が増えたわけだ」


 リカードは、そう言って腕を組んだ。


「そのディックという兵士は、犯人の顔は見ていないのでしょうか? 何か特徴は覚えていないのでしょうか?」


 アルフレッドは、再び勢いよくリカードに詰め寄る。


「一瞬で眠らされてしまったらしく、ほとんど犯人の顔は見ていないらしいんだが、唯一覚えていたのは、髪の色だけで、それが青みがかったグレーだったらしい」

「青みがかったグレーの髪……ですか?」


 リカードが答えると、アルフレッドは一瞬ハッとした表情をした後に、何かを考えるように小さくつぶやいた。


「あまり見ない髪色だね。同じ髪色の怪しい二人組を、先ほどスラムに近い外壁の辺りで見かけたという報告が入った。兵が誰何すいかしたら逃げて行ったらしい。残念ながら見失ったけど、そいつらが犯人の可能性は充分じゅうぶんにありそうだね」


「スラム……ですか……」


「どうした、アル? 何か心当たりでもあるのかい?」


 先ほどから、心ここにあらずといった雰囲気のアルフレッドに、リカードが訊ねた。


「まさかな……でも、猫獣人みゃうだし……、青みがかったグレー?」


 リカードの声が耳に入らないのか、アルフレッドは、まだ小声でぶつぶつと呟いている。


「アル!?」

「はいっ!」


 リカードが少し強めに呼びかけると、アルフレッドは驚いたように返事をした。


「どうした? 君らしくない」


 リカードが心配そうな目をアルフレッドに向けると、アルフレッドは、不安と苦悩がないまぜになった表情で、ゆっくりと口を開いた。


「スラムに住む猫獣人みゃうに知り合い、いや友達がいるんですが、そいつの髪色が青みがかったグレーなんです」

「えっ? アル君、それって」


 ずっと黙っていたカテリーナが声をあげた。


「うん。でも、すごくいい奴なんだ」

「アル、友達を疑いたくない気持ちは分かる。だけど、情で目を曇らせるなよ」


 リカードが少しだけ語気ごきを強める。

 アルフレッドは真剣な表情でリカードを見返す。その目には、先ほどの動揺はもう残っていなかった。


「そうですよね。そいつが犯人である可能性が高いと思います」


 アルフレッドは少しだけ悲しそうな目をした後に、そうはっきりと言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る