第33話.リカードの采配⑤
「そうか。それで、その友達はどんな人物なんだい?」
リカードが聞く。
「名前はティト。歳は僕と同じくらいだと思います。スラムで育ったと言っていました。それなのに、やたらと魔法道具に関する
「ふむ。スラムの住人が魔法道具に詳しいというのは、いささか不思議だね」
魔法道具は、その多くが高価だ。その材料なども当然のように値が張るものが多い。
リカードやアルフレッドのように資金に余裕がある場合でも無ければ、そうそう手に入に入れられるものでは無い。
スラムに住む者が全員貧困だとは言わないが、それでも普通に考えれば金銭的に余裕が無い者が多いはずだ。
「そうなんですよね。でも、ティトと知り合ったのは、彼が持っていたちょっと変わった魔法道具がきっかけです。僕が、たまたまスラムを通りかかった時に、偶然それを見かけて話しかけてからの仲ですから」
「ちょっと変わった魔法道具?」
リカードの目が興味深そうに光る。
「はい。光を発する魔法道具なのですが、普通なら拡散してしまう光を収束して、ずっと遠くまで照らすことが出来るものでした」
「光を収束?」
「はい。透明な球面を利用して光を屈折させて一点に集めるそうです」
「光を屈折させる!?」
リカードは眉間に皺を寄せた。
無理もない。アルフレッドも最初に聞いた時には何を言っているか分からなかったのだ。
「水の中に何かを入れると、水面で曲がって見えたことはありませんか?」
一瞬だけ考える素振りを見せたリカードだが、すぐにオズワルトの方を見ると
「オズワルト、すまないがグラスに水を一杯貰えるか?」
リカードの意図を察したオズワルトは、すぐに一杯の水をグラスに汲んで持ってきた。
そのグラスを受け取ると、リカードはおもむろに執務机の上に置いてあったペンを水の中に入れた。
「おお、なるほど。確かに曲がって見えるな」
「ほほぅ。これは面白い」
リカードが感嘆の声をあげ、隣で見ていたオズワルトまでもが感心する。
「これが光の屈折によるものなのか……」
「はい。そうらしいです」
リカードが感心して呟くと、アルフレッドは静かに頷いた。
「なるほど。確かに、そのティトという少年はただ者ではなさそうだね」
「そうなんです」
「
「はい。もっと、早くにその可能性に気付くべきでした」
アルフレッドは気落ちした表情を見せるが、リカードは首を振る。
「それは仕方ないさ。
リカードはアルフレッドを元気づけるように言った。
そして、目を細め真剣な表情になると再び口を開く。
「それで、アル。そのティトという少年の家は分かるのかい?」
「はい。何度か訪ねたことがあります。これから、ティトの家に行ってみるつもりです」
「そうか。さっきも言ったように、スラムのそばで青みがかったグレー髪色をした怪しい二人組の目撃があった。犯人がスラムに潜伏している可能性は充分に考えられる」
リカードの言葉に、アルフレッドは真剣な表情で頷くと、すぐに執務室を出ようとする。
「待ってくれ。渡しておくものがあるんだ」
リカードの言葉に引き留められたアルフレッドは、再びリカードへと向き合う。
「これを持って行け」
リカードは、銀色のバングルのようなものを取り出して執務机の上に置いた。
「これは?」
「新しい通信用の魔法道具だよ。まだ試作品なんだけど、かなりの小型化に成功してね。あまり遠くまでは届かないんだけど、この街の中くらいなら大丈夫なはずだ」
少し自慢げに言うリカードに、アルフレッドは目を輝かせて、銀色のバングルを手に取った。
以前、ヴィネの酒場で、店主のマシューに見せてもらった通信用の魔法道具。その時には人の頭ほどの大きさの四角い箱の形をしていた。
「すごい、こんなに小さくなっているなんて!」
銀色のバングルは、長さは7センチほど。手首をすっぽりと覆うほどの大きさだ。
その表面にも、裏面にも、小さな文字で、びっしりと魔術式が書かれている。
アルフレッドは、バングルを腕にはめてみる。
ちょうどいいサイズで、アルフレッドの手首にぴったりとおさまった。
「どうやって使うんですか?」
手首にはめたバングルを観察しながらリカードに訊ねる。
「そのバングルに魔力を流せば、対になるもう一つのバングルが反応する。こんなふうに」
リカードが言葉を言い終えた直後、アルフレッドのバングルが小刻みに震える。
「あっ!?」
「アルもバングルに魔力を流せば、バングルを通して、お互いの間に魔力的な繋がりが出来るはずだ」
アルフレッドは言われるままに、バングルに魔力を流した。その瞬間、不思議な感覚に襲われる。
「リカード様、変な感覚です」
『今、アルと僕の間に魔力的な繋がりが出来ている。この状態なら念じるだけで、相手に意志を伝えることが出来る。いわゆる念話ってやつだ』
直接頭に響くようなリカードの声に戸惑う。
「念話ですか?」
『リカード様、これ、聞こえますか?』
アルフレッドは戸惑いながらも、頭の中でリカードに呼びかける。
『ああ、大丈夫だ。聞こえているよ。目の前にいるのに念話で話すのは変な気分だが、同じ要領で離れていても意志の伝達ができる』
『これは、すごい。すごいですね、リカード様』
興奮しながらも念話を続けるアルフレッド。だいぶ慣れてきたようだ。
『魔力を流すのを止めれば繋がりが切れる。このまま念話で話しているとカテリーナ君に変な目で見られそうだし、切るぞ』
その言葉と共に、リカードとの繋がりが切れたのを感じた。
目の前にいるのに、念話で話しているとお互いが無言で見つめ合っているというシュールな光景となってしまう。
オズワルトは平然としているが、カテリーナは口元に手をあて、複雑そうな視線を向けていた。
「これなら、離れていても報告や情報交換ができますね。ありがとうございます」
そう言ってアルフレッドは頭を下げると、今度こそ執務室を出ようとした。
「アル。気をつけてな。出来るだけ早く兵士を向かわせて、スラムを包囲するよ」
アルフレッドの背中に向けて、リカードは言葉を投げた。
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