第34話.アルとティト

「お姉ちゃん?」


 スラムの街をしばらく進んだところで、カテリーナが突然立ち止まった。

 耳を澄ませて、何かを探すように辺りをきょろきょろと見回す。


「どうした? カティ」


 前を行くアルフレッドが振り向いて、カテリーナに優しく声をかける。


「今、お姉ちゃんの声が聞こえた気がしたの」

「本当か? たしかリリィも以前、カティの声を聞いたって言ってたな。 封魂結晶アニマ・クリュスが近いってことかもな? ティトの家も近いし、間違いなさそうだね」


 アルフレッドはそう言って笑顔を見せると、不安そうな目で、辺りを見回しているカテリーナの頭を、ぽんぽんと優しく撫でる。


「大丈夫だよ、カティ。すぐにリリィを取り戻す」

「うん」


 カテリーナは、アルフレッドを見上げると、ほんの少しだけ笑顔を浮かべる。アルフレッドも軽く頷くと、再びティトの家に向かって歩きはじめた。


 それから1分ほど歩き、ティトの家のそばまで来たアルフレッドは、彼の家からは見えない建物の影に身を隠した。


「どう? カティ。リリィの気配は感じられるかい?」

「うん、あっちからお姉ちゃんの気配がする」


 そう言ってカテリーナの視線がさしているのは、まさしくティトの家のほうだった。


「そうか。これで確定だな。突入前にリカード様に報告しておくよ」


 アルフレッドは、そう言うとリカードから預かった通信用のバングルに魔力を流した。


『アル、どうした?』


 すぐにリカードから応答がある。頭の中に直接リカードの声が響いた。


『ティトの家の前まで来ました。カティがリリィの気配がすると言っています。ティトが犯人で間違いなさそうです』

『そうか、犯人が見つかって何よりだ。後は取り返すだけだな。アル、5分だ。あと5分、そこで待てるか?』


『5分ですか? 大丈夫です』

『今、ラルフと兵士たちがそっちに向かっている。あと5分もすれば、その近辺の包囲が完成するはずだ。包囲が完成したら、こちらから連絡する』

『はい。分かりました』


 アルフレッドが了解の意志を念話で返すと、そこでリカードと繋がりが切られた。


「アル君、どうしたの?」

「うん、ラルフさん達が、今からここを包囲してくれるらしいよ」

「ランドルフさんが?」

「今、こっちに向かってるって」


 アルフレッドは、先ほどよりも少し緊張が和らいだ表情を見せて頷いた。


 ランドルフ・シュミット、通称ラルフ・・・。リカードの側近そっきんにして、優秀な騎士であり戦士でもある。

 アルフレッドやカテリーナとも親しい仲で、一時期、彼から剣術を習っていたこともある。


 アルフレッド達が心から信頼している一人だ。


「よっ、アル。待たせたな」

「ラルフさん!」


 現れたのは、長身のがっちりした体格の男だった。

 身長はアルフレッドとそう変わらないが、身体の厚みはアルフレッドよりも、ふたまわり以上も厚い。金髪角刈りのいかつい顔は、アルフレッドを見てニカッと破顔した。

 釣られてアルフレッドの顔も緩む。


「ここら一帯の包囲は完成したよ。これで、ネズミ一匹逃げ出す隙は無いはずだ。安心して行ってこい」

「ありがとうございます」


 アルフレッドは、ランドルフに頭を下げると、カテリーナに目配せをしてティトの家へと向かう。


「行ってきます」

「ああ、何かあれば、俺もすぐに助けに入る」


 ティトの家へと向かうアルフレッドの背中に、ランドルフの言葉が沁みる。

 アルフレッドとカテリーナは、ランドルフやリカードの気遣いに勇気づけられながら、ティトの家の前に立った。



 その家は、あばら家というほど荒んではいないが、スラムに相応しく、かなり荒れた佇まいだった。

 敷地面積は、今朝、リカードの家であてがわれたゲストルームよりも狭い。

 石造りの壁は、長年風雨にさらされ風化したのか、表面はぼこぼこしている。


 家の中からは、人の気配を感じない。


「留守なのかな」


 カテリーナが首を傾げる。


「そうだったら、好都合だね。リリィが……封魂結晶アニマ・クリュスがあるのは間違いないから、それを頂戴して逃げればいいだけだし」


 そう言うアルフレッドの表情は、まるでこれから戦場に赴く兵士のように厳しかった。


「でも、そう簡単にはいかないんだよな。いるよ、ティトは」


 ドンドンドン。

 アルフレッドは、強めに扉を叩く。


「ティト、いるんだろう? 僕だ。アルだよ」


 アルフレッドは、中にいるはずの友に声をかける。だが、中からの返事は無かった。

 扉に手をかけるが、鍵がかかっているようで開かなかった。


「ティト。いるのは分かってるんだ。ここを開けてくれ。開けてくれなきゃ鍵を壊して入るぞ」


 しばらく扉を叩いていたが、中からの反応は無い。

 アルフレッドは腰のホルスターから単発式魔銃アルプトラムを抜くと、扉の鍵に銃口を向ける。

 そして、躊躇ためらわずに引き金を引いた。


 轟音と共に、鍵やドアノブごと扉の一部が吹き飛ぶ。

 ぎぎぎぎぎぃという軋む音に共にゆっくりと扉が開いた。


「アル君、誰もいないよ?」


 カテリーナが言うように、扉の中には誰もいなかった。奥に隠れているという可能性もあるが、これだけ小さな家だ。隠れていてもすぐに見つけ出せるだろう。


「いや、どこかにいるはずだよ。カティはそこで待ってて」


 そう言いながら、アルフレッドは家の中へと足を踏み入れた。

 慎重に部屋の中を調べていくアルフレッドだが、封魂結晶アニマ・クリュスもティトの姿も見つけられなかった。


「カティ。リリィの気配は?」


 アルフレッドはカテリーナの方へ振り返る。カテリーナはしばらく目を閉じて何かを感じ取ろうとしていたが、やがて目を開くとアルフレッドの足元を指差した。


「アル君の下……だと思う」

「地下室か」


 アルフレッドは床を調べる。

 ぱっと見ただけでは、地下へと続く通路や階段は見当たらない。床に這いつくばりながら、切れ込みや隙間が無いか調べる。

 そして、ノックするように床を叩きながら少しずつ移動していると、音が変わった場所があった。


「ここか。ティト、下にいるのは分かってるんだ」


 そう言いながら、単発式魔銃アルプトラムに銃弾を込めなおす。

 アルフレッドが単発式魔銃アルプトラムを床に向けた時、ゆっくりと床の一部が持ち上げられた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る