第35話.ナバーロの隠れ家

 スラムに逃げて来たルイスとティトは、自分たちの家に戻ってきていた。

 今は、向かい合うソファにそれぞれ身を投げ出してくつろいでいる。


 街の出口を封鎖されて、外壁にも見張りを配置されては、さすがの怪盗ナバーロでも街から抜け出すのは難しい。

 仕方ないからほとぼりが冷めるまで隠れて待とうというつもりだった。


 早くアミーラを助けに行きたいと焦る気持ちはあるものの、焦って捕まってしまえば意味が無い。

 ルイスの読みでは、長くても2日。

 フォートミズのような大きな街では、完全に街を封鎖するのは難しい。住民の不満や不安が貯まってしまうからだ。

 かと言って限定的にでも門を開ければ、そこに付け入る隙はいくらでも生まれる。

 特にルイス達には千の顔を持つ者サウザンドフェイスがある。これを使えば兵士たちの目を欺くなど造作も無いことだった。


 しばらくソファに身を預けて、浅い眠りに落ちていた二人だが、同時に目を覚ました。


 ルイスとティトは、周囲に満ちたピンと張り詰めた緊張を感じる。


「兄さん、これは?」

「ああ……。囲まれてるな」


 ルイスは身軽に窓際まで行くと、壁を背にして小さな手鏡を取りだす。

 外からはぎりぎり見えない位置で鏡越しに外を窺った。


「おうおう、いるねぇ。あれで隠れているつもりかよ」


 ルイスの手鏡には、物陰に隠れている兵士達を何人も映し出す。


「逃げられそうですか?」

「いや、これは無理だな。一人、やばい化物がいる」


 不安そうな顔で聞くティトにルイスは首を横に振った。


「仕方ない。地下に隠れてやり過ごすか。しかし、ちょっとこれはまずいかもな」


 そう言うと、先ほどまで寝ていたソファの下に手を突っ込み裏にあるボタンを押した。

 カチリという小さな音がする。


 その間にティトが床の一部を触ると、少しだけ床がズレた。そのズレた部分を取っ掛かりにして引っ張ると、床の一部が開き、人ひとりが通れるくらいの穴が姿を現す。

 穴には梯子が備え付けられていて下へと降りられるようになっていた。


 ティトが先に降りて、ルイスが後に続く。

 ルイスの頭が、地下へと消えた後、床に開いた穴は閉じられた。再びカチリという小さな音がした後、穴はぴったりと閉じられ切れ目も見えなくなり、もうどこが開くのか分からなくなっていた。



 薄暗い魔石灯に照らされた地下室は、1階の部屋よりも少し狭い。

 梯子は地下室の壁に沿って設置されている。

 床に足がついたところで、ティトは梯子の右側にある魔石灯を操作して光量をあげた。魔石灯の強い光で部屋全体が昼間のように明るく照らし出される。


 部屋の中央には木材で造られた小さなテーブルと椅子が2脚置かれている。

 梯子の脇には、小さな木製の2段ベッドがあり、ベッドの反対側の壁には、同じく木造の簡易な棚が設置されていた。


 だが、棚に並べられているものが普通じゃなかった。

 きらびやかな装飾で彩られた品々。そして、大小さまざまな宝石や金貨・銀貨が無造作に木箱に突っ込まれている。

 さらには、あきらかに魔法の品と分かる武器や防具までもが並べられていた。


 そう。ここは怪盗ナバーロの宝物庫でもある。

 盗んだ品々を貯め込むための隠し部屋でもあり、何かあった場合に身を隠す場所でもあった。いざという時のために保存食なんかも用意してある。

 巧妙に隠した地下室への入り口は、そう簡単には見つけられないはずだ。


「まさか、ここが見つかっちまうとはな」

「いったいどうやって嗅ぎつけたんでしょう?」


 ティトは信じられないという顔で首を振る。


「まあ、見つかっちまったもんは仕方ねぇ。それより、どんな奴が来たか見てみようぜ」


 ルイスは奥の壁に設置されている金属製の枠のような魔法道具を操作する。すると、その枠の中に映像が映し出された。

 映っているのは、この家の入り口だ。


 そして、その入り口に二人の人物が現れる。


「リリアーナ・オーティス?」

「アル!?」


 ルイスとティトは驚きの声をあげて、同時に自分の口を押えた。

 防音には抜かりは無いが、あまり大きな声をあげるわけにはいかない。


「ティト、お前はあの男を知っているのか?」

「はい。友達です……魔法道具の話で意気投合して……」


 ティトは申し訳なさそうに目を伏せた。


「あの男、おそらく貴族だな」


 ルイスが言うとティトは顔をあげて魔法道具の映像を凝視する。確かにいつものアルとは違い、服装も立派で髪も整えられている。やや不鮮明な魔法道具の映像からも、彼がそれなりの身分だと言うことは分かった。

 普段、スラムで会う彼は、もっとラフな格好をしていたのだが。


 騙された。一瞬、そんな暗い考えがティトの頭によぎる。

 だが、本来の自分を見せていなかったのはお互い様だった。それに、ティトがそうであるように、彼も騙すつもりなど無かったのだろうと思い至る。


「そうか、おそらく、あの男がリード子爵家のアルフレッドか……」

「え?」

「シュテルナー公爵家で聞いた、封魂結晶アニマ・クリュスを所持している可能性があった一人だ」

「アルが、アルフレッド・リード!?」


 ルイスが言った言葉をティトは、噛み締めるようにつぶやいた。



 そうこうしているうちに、地下室に轟音が響く。

 アルフレッドが魔銃で、入り口の扉を撃ち抜いたのだ。扉をやぶり家の中へと入ってくるのが見える。


 ルイスが魔法道具を操作すると、映し出されていた映像は部屋の中へと切り替わった。

 地下室が見つからないように祈りながら映像を見ていた二人だが、その思いはあっけなく潰える。

 アルフレッドが、床を調べ始めたのだ。

 上から床を叩く音が聞こえ、その音は地上へと続く出入口の床を叩いたところで止まった。


「くそっ、もう出て行くしかないようだ」


 ルイスがそう言ってティトに目配せすると、ティトは壁の梯子を上り始めた。

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