第36話.ティトとアル
ティトは梯子の上にある天井をゆっくりと押し上げると、階上へと顔を出す。
ちょうどアルフレッドが銃口を床に向けて構えているところだった。
「わああああ。待ってください、アル!!」
いきなり銃口を向けられたティトは慌てて声をあげた。
「ティト!?」
アルフレッドは驚いた顔をすると、銃を下げてティトから距離を取る。
その間に、ティトは梯子を登り切って、立ち上がった。すぐに、ルイスも地下から出て来る。
「ティト、
アルフレッドは、ティトの目をまっすぐに見つめ、静かに言葉を並べた。
その目には、譲る気は無いという強い意思が込められていた。
ティトが知っているアルフレッドは、もっと気さくで陽気な雰囲気だった。それが、今は重く厳しい空気を纏っている。
そんなアルフレッドにティトは気圧されそうになる。
だが、ティトのほうにも、譲れない理由はあった。
ティトは、まっすぐにアルフレッドの視線を受け止めると、意を決して口を開いた。
「ごめんなさい、アル。いくら君に言われても、これを返すわけにはいかないんです」
「なんだよ、返せないって!? それはただの宝石じゃないんだぞ」
アルフレッドが語気を強める。
「では何なのですか? この石は?」
ティトはポケットから
「お姉ちゃん!」
意外な方向からの声にティトが目をやると、そこにはカテリーナが立っていた。
「魂を封じ込めることが出来る魔法道具。それが
「リリアーナさんなら、そこにいるじゃないですか?」
ティトは、困惑気味にカテリーナへと視線を向ける。
「そっちはカテリーナ。リリアーナの双子の妹だよ。信じられないかもしれないけど、
「二人の魂が同居?」
ティトは
「ティト、返してやれ」
ティトの後ろで腕を組んだまま、ずっとやりとりを見守っていたルイスが、静かに口を開いた。その目には、かすかに諦めのような色が浮かんでいる。
「しかし、これを返してしまったらアミーラが……」
ティトは、後ろにいる兄を振り返る。
焦りと困惑の色が浮かんだティトの視線と、諦念と深い思慮の色を称えるルイスの視線が交錯する。
「
「でも、兄さん。そんな余裕は……」
ティトの脳裏にアミーラの泣き顔が、地下牢の冷たさが、異形の者達の姿がよぎる。その気持ちを読み取ったのか、ルイスも一瞬だけ苦い顔を浮かべた。
「なあ、ティト。俺達の
「それは……」
ティトは言葉を詰まらせる。
「そんなことしたら、俺たちが大嫌いな貴族の奴らと同じになってしまう。そうだろう? だからそれは返してやれ。ティト」
ティトは複雑な顔をして頷くと、再びアルフレッドに向き合った。
「ごめん、アル。これは、返します」
ティトは謝りながら
「すまない。なあ、ティト。アミーラって何のことだ?」
「アミーラっていうのは僕たちの幼馴染の子なんですけど、シュテルナー公爵に攫われて捕まってしまったんです」
「攫われた?」
「助けに行ったんですけど、逆に捕まってしまって。アミーラを返してほしければ、
「そうか。それで、君たちはこれを盗みに……。ごめん。それでも、これを渡すわけにはいかないんだ」
アルフレッドが申し訳なさそうに
「いいんです。気にしないでください。兄さんが言うように別の方法を考えます」
「そうか。でも、怪盗ナバーロでも助け出せなかったんだろ? 勝算はあるのか? 僕たちで良ければいつでも力を貸すよ」
「……! アル、そこまで知って……」
ティトだけではなく、ルイスまでもが目を見開いた。まさか、ナバーロの正体まで気付かれているとは思わなかったのだ。
だが、これだけ早くに、この家まで辿り着いたんだ。そこに気付かれても仕方ないのかもしれない。
「すごいですね。アルは。もし、僕たちでどうにもならなかったら力を貸してもらうかもしれません」
「ああ、いつでも頼ってくれ」
そう言うと、アルフレッドはカテリーナのそばに行って、
カテリーナはそれを受け取ると、自分の首に付ける。
引きちぎられたはずのチェーンは、いつのまにか直っていた。
カテリーナは、一度目を閉じる。
再び目を開いた時には、少しだけ雰囲気が変わっていた。
「アル!」
目に涙を浮かべながら、アルフレッドに抱きついた。
「リリィか? よかった」
アルフレッドは、リリアーナを優しく抱き止めた。
リリアーナは、アルフレッドの胸に顔を
そして、ひとしきり泣いた後に顔をあげると、手で涙を拭いながら笑顔を浮かべる。
「ありがとう、アル。絶対助けに来てくれるって、信じてたよ」
その言葉を聞くと、アルフレッドも笑顔を浮かべ小さく頷いた。
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