第63話.アミーラ奪還作戦⑥

「ティト、来るぞ」


 ルイスはティトへと警告を発して前に出た。

 そのルイスに下位悪魔レッサーデーモンは、一瞬で接近する。片手には、シュテルナー公爵だった頃に持っていた大剣が握られていた。


 驚異的なスピードで下位悪魔レッサーデーモンはルイスに接近すると同時に剣を振り下ろす。

 ギンッという金属のぶつかる音が広間に響く。ルイスの短剣はかろうじて、下位悪魔レッサーデーモンの剣を受け止めていた。


「くそっ、なかなか重い」


 ルイスは受け止めた短剣を支点にして、身体を入れ替え下位悪魔レッサーデーモンの懐へと潜りこむ。

 そして、左手の短剣を下位悪魔レッサーデーモン脇腹わきばらへと突き刺した。


 だが、硬い皮膚にはじかれて刺さらない。


「なっ!?」


 ルイスが驚きに目を見開く。


 その隙を突かれた。

 下位悪魔レッサーデーモンの左ひじが、ルイスの頭をくだこうと迫る。咄嗟に身体ごと捻ってかわそうとするが間に合わない。

 額のあたりを少し肘がかすった。

 それだけで額は裂け、勢いよくルイスは吹き飛ばされる。


 ルイスは下位悪魔レッサーデーモンの後方に2メートルほど飛ばされ床を転がった。

 人ではありえないほどの力。


「おいおい、これで下位なのかよ」


 うんざりしたように言いながらルイスは立ち上がった。その額は切れていて、血が頬まで伝っている。


「兄さん!」

「大丈夫だ」


 ティトが悲痛な叫び声をあげるが、ルイスは弟を安心させるように口の端をあげてニヤリと笑った。

 そして、下位悪魔レッサーデーモンへと突貫する。


「おおおおおぉおお」


 雄たけびをあげながらルイスが迫る。

 その手に持った2本の短剣が激しい炎をあげる。振り向いた下位悪魔レッサーデーモンが、ルイスを近づかせまいと横薙ぎに剣を振った。


 ルイスはそれを身体を捻りながら半回転、空中に跳んでかわす。地に足がついた瞬間、ルイスは右に跳ぶ。

 すぐそばを下位悪魔レッサーデーモンの左拳が、うなりをあげながら通過する。

 下位悪魔レッサーデーモンが拳を戻すよりも早く、ルイスが懐に潜りこむ。一瞬で左右の短剣を叩き込む。



 炎を纏った短剣は、今度こそ下位悪魔レッサーデーモンの腹を切り裂いた。

 さらに、傷から炎がほとばしり、下位悪魔レッサーデーモンの身体を焼く


『ぐるぅおおおぉぉぉ』


 たまらず下位悪魔レッサーデーモンが吠える。下位悪魔レッサーデーモンの裂けた腹からは、黒い血が流れた。


 下位悪魔レッサーデーモンがほんの一瞬怯む。だが、すぐに怒りのこもった視線をルイスに向けた。

 そして剣を振り上げると、袈裟斬りにルイスに向かって振り下ろす。

 しかし、ルイスは余裕を持って下位悪魔レッサーデーモンから離れた。


『ぐぁっ!』


 間髪入れずに、下位悪魔レッサーデーモンがひと吠え。その瞬間、虚空に炎の矢が十数本出現した。

 そして、全ての炎の矢がルイス目掛けて撃ちだされる。


「おおおおぉぉぉ」


 今度はルイスが吠える。

 2本の短剣の炎が大きくなり、ルイスは舞うような動きで飛んでくる炎の矢の多くを、その短剣で叩き落した。


 下位悪魔レッサーデーモンとルイスは、数メートルの距離を置いて睨み合う。




 いっぽうティトの方には、異形いぎょうの失敗作たちが迫っていた。

 腐臭を放つただれた皮膚。棘の様に突き出た背骨。落ち窪んだ虚ろな眼窩で、ティトとアミーラに迫る。


 その動きは、人であった頃とは比べるべくもなく遅い。

 だが、痛みを感じないのだろう。どんなに傷を与えようと、その歩みを止めない。それが不気味でやっかいだった。



 その生命力は異常で、槍の穂先で腹を切り裂き、上半身と下半身が千切れそうになっても、まだ動いている。

 そして、這うようにティトとアミーラに近づいてくる。

 確実に夢に見そうなその光景にティトは顔をしかめ、アミーラは手で顔を覆ってしまった。




 ティトは、槍の石突で異形いぎょうの者たちを後ろに突き飛ばしつつ、槍の穂先で足を払う。

 床に倒れたところを、槍の力で氷に閉じ込める。

 そうやって、動いている異形の者たちを少しずつ減らしていった。だが、いかんせん数が多い。


 ティトは肩で荒い息を繰り返す。休む暇もなく寄ってくる異形の者たちに、徐々に体力を削られていった。



 その時、魔法道具を通してアルフレッドから念話が届いた。


『ティト、壁の近くにいたら離れてくれ』


 ティトとアミーラは壁を背にしていた。

 ティトは、槍の石突を床に突き立てると、残った力を振り絞る。氷が床を走り、前方の異形の者たちの足を凍らせた。

 その隙に、アミーラを連れて壁から離れる。


『アル。離れました』



 応答を返した直後、ドゴンという大きな音がして壁の一部が崩れた。もうもうと上がる土煙の向こうに、何人かの人影が見えた。

 その煙がおさまりきる前に、アルフレッド達がなだれこんで来る。


「ティト、無事か?」

「はい!」


 アルフレッドは、ティトの姿を見つけると真っ先に声をかけた。その声にティトは、元気に応じた。仲間たちの到着に、自然とティトの尻尾があがる。

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