第64話.アミーラ奪還作戦⑦


 広間に入って来たアルフレッドたちの目の前には異様な光景が広がっていた。最初に目に入ったのはティトに群がる異形の者たち。

 皮膚はただれ、腐臭を放ち、背中からは変形した背骨が棘の様に突き出ている。あまりにも気持ち悪いその姿にリリアーナなどは口に手をあてて目を逸らしてしまったほどだった。



「何だこいつらは?」

「もともと兵士だった者たちです。おそらくレラのせいだと思いますが、急に苦しみだした後に、この姿に変貌へんぼうしました」

「そんなことが……」


 リカードの問いに、ティトがすぐに答える。

 この異形の者たちが、もとは人間だったという事実にリカードは眉をしかめた。


「まさか、あれは下位悪魔レッサーデーモンか!?」


 その直後、ランドルフが驚きの声をあげる。

 その目は、異形の者たちの向こう、ルイスと戦いを繰り広げている黒い皮膚と蝙蝠のような羽を持つ偉丈夫をとらえていた。



「あれが、下位悪魔レッサーデーモンですか? 話には聞いたことがありますが……。でも、あれは、シュテルナー公爵です」

「どういうことだ?」


 ティトの言葉に聞き返したのは、リカードだった。目の前の異形の者たち。それを見ればある程度予想はつく。

 だが、聞かずにはいられなかった。


「異形の姿に変貌へんぼうした兵士と同じです。シュテルナー公爵は、僕たちの目の前であの姿に変わってしまいました。あのレラとか言う女が黒い羽を広げた直後です」

「くっ、そうか。あのシュテルナー公爵が……」


 リカードが一瞬だけ悔しそうな、悲しそうな複雑な表情かおを見せる。その口ぶりからして、面識はあったのだろう。

 だが、今は感傷に浸っている場合ではない。


「そのレラとかいうのは、あの奥にいる女か?」

「はい」


 リカードは、広間の奥、一段高くなっている玉座のような場所に立つ女に視線を向けた。それにティトは頷いて肯定する。


「あの女、魔族です」


 エミリアがそっとリカードのそばに来て小さな声で耳打ちする。リカードはその場で小さく頷いた。

 そして、もう一度、広間全体を見渡すと仲間達に矢継ぎ早に指示を出した。


「ダニーとココ、君たちは奥にいる女を。あれは、魔族だ。気を抜くなよ」

「任せろ!」

「はい」


 ダニエルは返事を返してすぐ、異形の者たちを無視して広間の奥へと走る。ココは、小さく頷いて杖を握りしめると、魔法を放つべく精神を集中した。


「ラルフは、ルイスの援護だ。下位悪魔レッサーデーモンを頼む」

「おう」


 ランドルフは、盾と剣を構えるとルイスと対峙している下位悪魔レッサーデーモンへと向かった。


「アルは、僕と一緒に雑魚の相手だ。さっさと片付けるぞ。エミリアとリリィは全体の援護を頼む」


 リカードは、アルフレッドに目配せすると、手近にいる異形の者へと向かった。

 一瞬で間合いを詰めたリカードは剣を一閃して異形の者の首を飛ばす。それでも、まだ胴体のほうは、よろよろとリカードへと襲い掛かる。

 首が無いのに動いている異形の者に嫌そうな一瞥を向けると、その胴体を一刀両断する。左右に真っ二つに分かれると、その体はようやく沈黙して動かなくなった。


「嫌な相手だな」


 そう言い残し、リカードは次の異形の者へと向かう。



 アルフレッドは右手で、単発式魔銃アルプトラムを構えると、右から迫ってきている異形の者に狙いを定め、躊躇ためらいも無く引き金を引いた。

 轟音とともに、異形の者の頭が爆発したように吹き飛ぶ。


 だが、リカードが倒した異形の者と同様、首の無い胴だけのそれもまだ死んでいない。アルフレッドに向かって、一歩一歩近づいてくる。

 それに対して、アルフレッドは回し蹴りで、胴だけになった異形の者を蹴り飛ばした。異形の者は2メートルほど飛ばされて床に転がる。

 起き上がろうとジタバタする異形の者をアルフレッドは見下ろした。


 アルフレッドは単発式魔銃アルプトラムの銃身を折る。

 空薬莢が排出されて、それが床に落ち小さな金属音が響いた。ポケットから取り出した弾丸を中折れ式の銃身へと突っ込む。

 手首のスナップで、折れた銃身を戻すとガチンという小気味良い金属音がした。

 そのまま、まだジタバタしている異形の者へと銃口を向け引き金を引いた。弾丸は狙い違わず、異形の者の中心へと吸い込まれ、胴体のほうも四散させた。


「やっと一匹」


 アルフレッドは、再び単発式魔銃アルプトラムの銃身を折って次弾を装填すると、次の異形の者へと向かった。




 下級悪魔レッサーデーモンの大振りの剣をルイスは大きく後ろに下がって避ける。ルイスとの距離が広がると下級悪魔レッサーデーモンは、『ぐあぁ!』っと一声吠える。

 その一声で、下級悪魔レッサーデーモンの前面に数十本の炎の矢が出現した。


 次の瞬間、炎の矢が一斉にルイスに向かって放たれる。

 直後、ルイスと下級悪魔レッサーデーモンの間に、ランドルフが割って入った。数十本の炎の矢は、そのすべてがランドルフの盾が防がれる。


「よお、助けにきたぜ」

「ありがてぇ」


 ルイスのほうを振り向きもせず下級悪魔レッサーデーモンを睨みつけるランドルフに、後ろのルイスは口の端をあげてニヤリと笑った。


「俺が下級悪魔レッサーデーモンを引き付ける。その間に奴を攻撃してくれ」

「分かった」


 短く言葉を交わしたランドルフは、下級悪魔レッサーデーモンへと突貫する。ランドルフが繰り出した片手剣を下級悪魔レッサーデーモンは大剣を振って跳ね上げる。


 すさまじい膂力から繰り出される大剣は、ランドルフをもってしても抗いきれない。大きく弾かれ、右手が痺れるのを感じながら、上から振り下ろされる大剣を左手の大盾で受け止める。ガキンという鈍い音とともに重い一撃がのしかかるが、ランドルフはがっちりとその攻撃を受け止めた。


 その瞬間、下級悪魔レッサーデーモンの背後に回ったルイスが、炎をまとった二本の短剣で、蝙蝠のような皮膜を切り裂いた。


「ぐるおおおぉ!!」


 ルイスの短剣は片側の皮膜を斬り飛ばし、その炎で焼き尽くした。痛みからか下級悪魔レッサーデーモンが吠える。


 下級悪魔レッサーデーモンが後ろに気を取られた瞬間、ランドルフが剣を突き出す。下級悪魔レッサーデーモンの左脇腹に裂傷が走り、そこから真っ黒い鮮血が吹き出した。

 同時に、ルイスが下級悪魔レッサーデーモンの背後を短剣で切り裂いた。

 傷口からは赤い炎があがる。


「ぐるぅあああ!」


 再び下級悪魔レッサーデーモンが吠えると、やみくもに大剣を振り回す。ルイスとランドルフは、いったん下級悪魔レッサーデーモンから距離を取った。

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