第65話.アミーラ奪還作戦⑧

 ダニエルは、異形の者たちも下級悪魔レッサーデーモンも無視して、一気にレラへと迫る。

 接近と同時に抜刀。一瞬で、刀を振り抜いた。



 だが、刀は届かない。

 それどころか、ダニエルは数メートル後ろに吹き飛ばされた。レラの周辺には見えない障壁があり、ダニエルはそれにはじかれたのだ。


 ダニエルの力をもってしても破れない障壁。


「まじか?」


 玉座のような段の上に立つレラを、ダニエルは悔しそうに睨みつける。


「あら、惜しかったわね。もう少しだったのに」


 レラは、妖艶な笑みを浮かべてダニエルを見下ろす。その余裕すら感じさせる表情かおに、ダニエルは唇を噛んだ。


「ダニー避けて」


 ココの声にダニエルは反射的に横に跳んだ。

 その直後、ココが展開した魔法。

 数十、いや百を超えるほどの光の矢が四方八方からレラに降り注ぐ。

 光の矢は、着弾と同時に小爆発を引き起こし、段上は眩しい光と、そして爆炎と爆風に包まれる。


「やったか?」


 ダニエルはレラがいた段上を見上げてつぶやいた。

 しかし、爆炎がおさまったそこには、無傷で妖艶な笑みを浮かべるレラが、先ほどと変わらない姿で立っていた。


「えっ」

「まったく効いてないだと!?」


 ココとダニエルが同時に驚きの声をあげる。



「なかなかやるじゃない。あなた達もいい素材になるかもしれないわね。殺しちゃうのは、ちょっと惜しいかしら」


 レラは唇に右手の親指をあてて、少し考える素振りを見せたあと、黒い羽を大きく一回、羽ばたかせた。

 

 その直後、突風がダニエルを襲う。

 それだけで、ダニエルは下級悪魔レッサーデーモンの辺りまで押し戻される。


「どうしようかしらね」


 レラは、そうつぶやきながら、広間にいる人間たちを観察する。

 そのレラの表情かおには、まったく危機感がない。レラにとっては、ここにいる人間など少しも脅威にならないのかもしれない。

 まるで、実験動物でも見るような目を、広間にいる人間たちに注いでいる。



「くっ、ちょいと戦力不足ってやつかな」


 ダニエルは、そんなレラの態度に彼我の実力差を感じ取っていた。

 そして、今のところ、下級悪魔レッサーデーモンや異形の者たちの戦いには介入するつもりは無いということも。

 


「まずは、雑魚から片付けるか」


 ダニエルの左後方では、ランドルフとルイスが下級悪魔レッサーデーモンと戦っている。


 二人は、下級悪魔レッサーデーモン相手に善戦していた。


 ランドルフとルイスは、一方的に下級悪魔レッサーデーモンに攻撃を与えている。そして反撃のほとんどは、ランドルフの盾で防いでいた。


 だが、押しきれない。

 二人の攻撃は確実に下級悪魔レッサーデーモンを切り裂くが、致命傷とまではいかない。しかも、下級悪魔レッサーデーモンの驚異的な回復は、せっかく与えた傷もすぐに治してしまう。


「ラルフ、手を貸すぜ」


 ランドルフが下級悪魔レッサーデーモンの大剣を盾で受け止めた瞬間を狙って、ダニエルは地を蹴った。

 一瞬で下級悪魔レッサーデーモンに接近したダニエルは、抜刀と共に刀を一閃させる。

 目にも止まらないほどのスピードを誇るその刀は、下級悪魔レッサーデーモンの右ひざへと叩き込まれた。


 切断された右ひざがズレる。

 さすがの回復力も、完全に切断された足を治すことは出来なかったようで、下級悪魔レッサーデーモンは大きくバランスを崩した。


 そこにすかさずルイスの短剣が叩き込まれる。

 2本の短剣をクロスさせるように、左右から左足を斬りつけた。切断とまではいかないが、かなり深い裂傷を刻み、傷口からは炎が吹きあがる。

 肉を焦がす嫌な匂いが立ち込めた。


 正面に立つランドルフは、手に持った直剣を切り上げ、下級悪魔レッサーデーモンの左手を飛ばす。


 さらに異形の者たちを片付けたリカードが走りこんで来て、下級悪魔レッサーデーモンの右手を手首から斬り飛ばした。

 斬られた右手は宙を舞い、その手に持った大剣と共に床に落ちて派手な音を立てる。



 両足を斬られた下級悪魔レッサーデーモンは後ろに倒れ込み、そこにダニエルが再び剣を一閃させる。

 その一撃は、見事に下級悪魔レッサーデーモンの首を飛ばした。


 首を失った下級悪魔レッサーデーモンの巨体は、大きな音をたてて、そのまま仰向けに倒れた。

 だが、その体はまだ動いている。


 恐ろしいまでの生命力。

 異形の者たちにも劣らないしぶとさ。


 そこへガチンという金属音を立てて、アルフレッドが追いつく。そして、下級悪魔レッサーデーモンの体を見下ろすと、単発式魔銃アルプトラムの銃口を向けた。

 その直後、アルフレッドは、引き金を引く。

 それは、轟音と共に下級悪魔レッサーデーモンの胸の中心を吹き飛ばした。


 最後にビクンと大きく震えると下級悪魔レッサーデーモンの胴体と頭はゆっくりと灰になっていき、四散した。


「あらあら、せっかく作ったのに……勿体ないわねぇ」


 そう言ったレラは、真っ赤な舌でゆっくりと唇を舐めると、目を細めて妖艶な笑みを浮かべる。

 リカードは、ぞくりと背筋が寒くなるのを感じた。

 それでも、レラのほうを睨みつけて自分を、そして仲間を奮い立たせる。


「あとはあの魔族だけだ。気合をいれろ!」

「「おう」」


 リカードの叫びに、すぐさまランドルフとダニエルが応える。


「ラルフは、前に出て奴の気を引いてくれ。ココは、手数よりも威力優先。ダニーと僕は隙を見て攻撃を。エミリアはいつも通り回復とサポートを頼む。行くぞ」


 リカードを中心に、4人は一斉に動き出した。

 さすがに何年も行動を共にして、窮地を乗り越えてきたパーティだ。それぞれの役割を把握し、息もピタリと合っている。






「フレイムランス」


 最初の攻撃はココの魔法だった。長さ2メートルを超える巨大な炎の槍。それが、レラに向かって走るランドルフを追い抜きレラに迫る。


 すさまじい熱気をランドルフは感じた。


 その炎の槍がまっすぐにレラに突っ込む。そして、直撃した瞬間に爆発し、巨大な炎の渦が発生し、レラを包み込んだ。


 炎がおさまったそこには、傷一つないレラが姿を現す。


「くっ。この程度で倒せるとは思っていないが……」


 それでも、あれだけの炎を受けて無傷ともなると気持ちは沈むし、こんな奴に勝てるのかと不安にもなる。

 だが、ランドルフはレラの前に盾を持って立ち塞がった。

 敵の注意を引き、その盾で敵の攻撃を防ぐ。それが彼のこのパーティでの役割。攻撃が出来ないわけではないが、それは彼の役割ではない。


 注意を引くためにレラに向かって剣を突き出す。だが、レラに届く前に見えない障壁に阻まれて届かない。まるで、硬い物に剣を突き刺したかのようだ。


「あらあら、こっちもなかなかイイ男ね」


 レラはランドルフに値踏みするような視線を向け、真っ赤な舌で唇を舐める。その瞬間、ダニエルがレラの背後に回る。

 一閃させた刀は、ほのかに光の粒子を帯びていた。

 そして、それは先ほどとは違いレラの障壁を少しだけ浸食する。レラまでは届かないが、障壁の中へと侵入したその攻撃に、レラは僅かに脅威を覚える。


 光の粒子は、エミリアによる武器の祝福。

 退魔の加護が付与されていた。


 レラがダニエルに気を取られているその時、リカードがレラに接近。

 横薙ぎの一閃。魔力障壁の抵抗を感じつつも剣を振り抜いた。その一閃は、今度ことレラの体をとらえる。黒いドレスを裂き、浅いが確実に皮膚を裂いた。


 その傷からは赤黒い血が飛び散った。

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