第16話.シュテルナー公爵⑤

「しまった。閉じ込められた!」



 ルイスが叫ぶ。

 ティトが慌てて、鉄格子に取り付くが、押しても引いても動かない。


「動きません!」


 ティトが焦ったように訴える。


 ルイスも鉄格子に取り付いた。調べてみると、どうやらとし格子ごうしのような構造になっているようだ。

 先ほどの連続した音は、この鉄格子が上から落ちて来た音だったのだろう。


 だが、重いのか、それとも何か仕掛けがあるのか、必死に持ち上げようとしてもびくともしない。


「ティト、落とし格子だ。同時に持ち上げるぞ!」

「はい!」


 ティトが格子を握るのを確認したルイスは合図を送る。


「せーの」

「「ふんっ!」」


 二人は鼻息荒く、同時に力いっぱい持ち上げようとするが、鉄格子は少しも持ち上がらなかった。


「ダメです」

「びくともしねぇな」


 二人同時に肩を落とした。


「ダメ……なの?」


 心配そうな声で後ろから覗き込んできたのはアミーラだった。頭の上の猫耳がペタンと伏せている。


「いや、何とかするさ。なあ、ティト」

「はい。もちろんです!」


 二人は努めて明るい声を出すと、目の前の鉄格子に取り付いた。


 鉄格子の造りはそれほど複雑ではなかった。通路の幅と高さに合わせた鉄の外枠。

 その上下の枠に、何本もの鉄棒をはめ込んでいる。


 左右の壁には数センチほどの溝が刻まれていて、鉄格子の外枠はその溝に嵌まっている。

 溝には少し余裕があるため、鉄格子は前後にほんの少しだけ動かすことは出来るが、どうやっても外せるとは思えなかった。


「この格子部分が一番もろそうなんですけどね。それでも、壊せそうにはありません。兄さんの方はどうです?」


「ぐぬぬぬぬぬ」


 ティトがルイスの方に視線を送った時、ルイスは顔を真っ赤にしながら格子を押し広げようとしているところだった。


「はぁはぁ。くそっ。曲がらねぇな」


 ひとしきり試してみたが、格子はたわみはするものの、曲げることは出来なかった。


「ですよね。僕はスライムの強酸を使ってみます。兄さんは、そっちの牢の中から壁を壊せないかやってみてもらえますか?」


 ティトは、ポーチから小さな瓶を一つ取り出した。

 中には透明な液体が入っている。


 そして、しゃがみこむと、鉄格子の下。鉄棒がまっている部分へと、その液体を一滴、二滴と垂らした。

 そのとたん、そこから、シュウシュウと音を立てて白煙が上がる。


 ティトの持つスライムの強酸。

 彼のオリジナル配合により、かなり強力なものとなっている。

 ほとんど何でも溶かすことが出来るうえに金属を腐食させる効果もある。

 それを入れている小瓶が溶けないのは、特殊な加工を施してあるからで、普通なら数分で溶かしてしまうだろう。


 それほど強力な酸だ。


 ドォォォーン。

 隣で大きな音がする。

 ルイスの渾身の足刀そくとうが牢の壁に炸裂した。それでも、壁が崩れる気配は無い。


「ダメだ。ティト、壁は壊せねぇ」

「そうですか。では、今度はここを蹴ってみてください。スライムの強酸で、かなり脆くなっているはずです」


 ティトが先ほど強酸を垂らした鉄棒の低い位置を指した。


「おぅ、任せておけ」


 ルイスは、牢から出て来るとティトが指した辺りを思いっきり蹴る。

 ガンッという音が返ってくる。


「おっ、行けるかもしれん」


 ルイスは、何か手ごたえを感じたのか、ガシガシと何度も鉄格子を蹴りつける。

 そして ―― ガッ……カランカラン ―― という音を立てて、ついに鉄格子の一本がはずれ、床に転がった。


「よしっ!」

「さすが兄さん!」

「わー」


 ルイスは思わずガッツポーズをして喜び、ティトとアミーラも目を輝かせる。


 鉄格子が1本はずれたことで、格子の間はけっこう広がった。これなら通れそうだ。

 すぐにルイスが頭を突っ込むと、ぎりぎりではあったが、無事に通ることが出来た。頭が通れば、身体も通るはず。


 ルイスは、身体も格子の間にねじ込むと、するりと抜こう側へと通り抜けた。


「大丈夫そうだな。ティトもアミーラも、早くこっちへ」


 その声に、ティトとアミーラも急いで格子の間をすり抜けた。

 その時には、ルイスは次の鉄格子へのそばに立っていた。


「ティト、次だ」


 そう。

 天井から落とされた鉄格子は一枚ではなかった。

 ここまで通って来た通路、その通路に何枚も等間隔に並ぶ鉄格子。

 見えている範囲でも7枚、いや8枚はある。地上へと続く階段までだと10枚以上はあるだろう。


 ティトは、先ほどと同じように2枚目の鉄格子にスライムの強酸を垂らす。

 シュウシュウという音をたて、鉄格子を溶かし、腐らせていく。


「くっ、早く溶けろ。溶けてくれ」


 焦るティト。

 その焦りの中でも、垂らす強酸の量をむやみに増やさないのはさすがと言うべきか。まだ、冷静さは失っていない。


「焦るな、ティト。夜明けまでには、まだ時間はある。見張りは、お前の薬で簡単には起きないだろうし、まだ誰も駆けつけて来ないのは、気付かれていない証拠だ」

「はい」


 ルイスがそう言うと、ティトはいくぶんか落ち着いたようだ。


「間に合いますかね?」

「ふんっ、間に合わせるさ」


 そう言うと、ルイスは先ほどと同じように鉄格子を蹴り始める。

 ガッ、ガッと音をたて蹴り続ける。

 何度か蹴りつけたところで、脆くなった鉄棒の下部は、ガギッと鈍い音を立てて折れた。


 1枚目よりも少し早い。


「さあ、次だティト」


 ティトは頷くと、3枚目の鉄格子に取り付いた。

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