第15話.シュテルナー公爵④
ルイスとティトは、牢があると言われた塔の内部へと侵入した。
入ってすぐの所に看守の部屋がある。
音を立てずに中を覗き込むと、二人の看守はテーブルに突っ伏していびきをかいていた。
ティトがそっと近づいて、看守たちの口元にファンガスの眠り粉を吹きかける。これで、そう簡単には目を覚まさないだろう。
ティトが看守たちの対応をしている間に、ルイスは壁にかけられていた鍵束を見つけた。振り向いたティトに鍵束を掲げて見せる。
ジャラリと何本もの金属が擦れ合う音が部屋に響いた。
牢はすぐに見つかった。看守部屋のすぐ隣に地下へと続く長い階段があり、その先は地下牢になっていたのだ。
階段を降りた先は、幅2メートルほどの通路がまっすぐに奥へ延びている。
通路の左右には鉄格子が嵌められた牢が並んでいて、それがずっと奥まで続いていた。途中に分かれ道などは無く一本道のようだ。
単純な作りだが、そのぶん警備もやりやすいだろう。
小さなランプが点々と
二人は地下に降りると、一つ一つの牢を確認しながら奥へと進んでいく。
そこはカビ臭さに混ざって、少しだけ腐臭のようなものが鼻についた。
「なんだ、この匂い?」
ルイスは、今まで嗅いだことの無い匂いに顔をしかめた。
多くの牢は、今は使われていないらしく空だが、ときおり人の入っている牢もある。
そのたびに鉄格子の中を覗き込むが、なかなかアミーラは見つからなかった。
ただ、どの囚人も痩せて骨と皮のようになっており、硬い石の床に倒れるようにして寝ていた。
ルイスとティトが通っても、顔をあげることもしない。どうにも栄養状態が悪く衰弱しているようだ。
「くそっ、こんなところに長くいたら病気になっちまう。早くアミーラを助け出さねぇと」
ルイスが小さく悪態をついた。ティトもひどく顔を曇らせている。
『ゔゔぅゔぅ』
さらに奥に進むと、不気味な唸り声が聞こえた。同時に、強烈な匂いが鼻につく。先ほど嗅いだ腐臭だ。
ルイスは顔をしかめながらも、唸り声のする牢を覗き込む。
「っ!」
その瞬間、ルイスは声にならない悲鳴を上げた。
牢の中にルイスが見たもの。
それは、今まで見たこともないような異形の
元は人間だったのかもしれない。
その形は、人のそれに似ていた。
だが、その皮膚は
髪はそのほとんどが抜け落ち、眼窩は落ちくぼんで昏い穴のようだ。
鼻はそぎ落とされたかのように平らで、小さな穴が二つあいている。そして、口の間からは牙のようなものがのぞいていた。
そして何よりも歪なのはその背中だ。
背骨にあたる部分。その背骨にそって、大きな棘のように尖った骨が何本も皮膚を突き破って露出している。
「兄さん、これは!?」
いつの間にか隣に来ていたティトが震える声で聞いた。
ルイスはハッとしてティトを振り返る。
あまりのことに、声をかけられるまで気付かなかった。
「な、何ですか? これは」
「分からん。分からんが碌なもんじゃねぇな」
少しだけ落ち着きを取り戻したルイスは、首を横に振りながら答えた。
『ゔゔぉゔぅ』
異形の化物が唸る。
「
「かもしれんな」
「アミーラは大丈夫でしょうか?」
「大丈夫に決まっているだろう。急ぐぞ、ティト」
ルイスはそう言うと、先へと急いだ。
そして、ついに通路の終わりが見えた。通路のつきあたり、一番奥も牢になっている。
近づくにつれ、その牢にも人影があるのが分かった。
壁を背にしてぐったりとした感じで座っているのが見える。
そして、すぐにその人影が求めていた人物だと気づいた。
「アミーラ!」
ルイスは、叫んで奥の牢に駈け寄った。
牢の中の人物が顔をあげる。
汚れているが、見たことのある服を着たその女性は、まごうことなきアミーラだった。ルイスたちと同じ
寝ていたのだろう。一瞬焦点が合わない瞳を彷徨わせた後、ぼんやりとルイスを見つめた。
「ルイス……?」
「ああ、俺だ。ルイスだ。無事か?」
その声にアミーラは跳ね起きた。
そして、慌てて鉄格子のそばまで駆け寄る。鉄格子から手を出してルイスの手に触れる。ルイスの手を掴むと、涙を流した。
「あぁ。ルイス。来てくれた」
「そうだ、待っていろ。今、開けてやる」
ルイスは、急いで牢の鍵穴に鍵を差し込む。
看守の部屋で奪った鍵束には、鍵の数が多過ぎてなかなか合う鍵が見つからない。7本目の鍵で、ようやく正解を引いた。
カチリと音がして鍵が外れる。
牢の扉を開くと、アミーラが出てきてルイスに抱きついた。
「ルイス! ルイス! 怖かった」
「アミーラ、怪我は無いか?」
その時だった。
ガシャンと背後で音がした。
さらにガシャン、ガシャンと音が続く。
「兄さん!?」
振り返ったティトが驚愕の表情を浮かべる。
ルイスも振り返った。
その目に映ったのは、一本しか無い通路を塞ぐ何枚もの鉄格子だった。
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