第17話.シュテルナー公爵⑥

「よし、あと2枚だ」


 鉄格子の一本を蹴りつけて、それを折って外すと、ルイスはティトとアミーラの方へと振り返って笑みを見せた。


 ティトが鉄格子をスライムの強酸で溶かし、ルイスが蹴り破るというのを繰り返すこと8回。既に、地上への階段は見えていて、ルイスたちを阻む鉄格子は残り2枚となっていた。


 すかさず、ティトが鉄格子をすり抜け、9枚目にとりかかる。

 ルイスとアミーラも、ティトの後に続いて鉄格子をすり抜ける。

 その時には、既にスライムの強酸を垂らし終え、鉄格子からはシュウシュウと白い煙が上がっていた。


「これを壊せば、残り1枚です」


 ティトが振り返った。

 その時、地上へと続く階段から人の気配がした。


 反射的にティトが振り向く。

 ルイスの眉が跳ね上がり、そちらを睨みつける。


「くそっ、あと少しだったのに」


 ルイスは悔しそうに顔を歪めた。

 ティトも唇を噛む。


 コツコツと、階段を降りる靴の音が地下牢に響く。

 ルイスは、アミーラを背に庇うように一歩前に出た。


「あらあらぁ。こんな時間に、どんなネズミが罠にかかったのかしらぁ?」


 妙に色気のある甘ったるい声とともに現れたのは、妖艶という言葉がこれほど似合う者はいないと思えるような、絶世の美女だった。


 さらさらとした長いブロンドの髪。

 少し垂れ目がちな瞳には、長く濃いまつげが影を落とす。

 ぷっくりとした厚い唇が、しっとりと濡れたような光沢を放っている。


 透けるほど薄く、絹のようななめらかな夜着に身を包み、一歩足を出すたびに、深いスリットからはなまめかしい脚がのぞき、腰が大きく揺れる。


 その姿は、おそらく多くの男たちの欲情を掻き立てるだろう。


「んっ? あらぁ、ネズミかと思ったら、子猫ちゃんだったようね」


 女は、値踏みするような視線を、ルイスとティトに向けてくる。

 ルイスとティトは、背後にアミーラを庇いながら、それぞれの武器を抜いた。

 ルイスは、紅い刀身を持つ二振りの短剣。ティトの方は背負っていた長距離射撃用魔銃アキュラスを構え、女に狙いを定めた。


「あらあら、怖いわねぇ。その魔銃は、しまってくださらない?」


 その言葉とは裏腹に、女の声音こわねに恐怖といった感情は感じられなかった。


「レラ様、危険です。お下がりください」


 女の後ろから現れた護衛とおぼしき兵士二人が、女を庇うように前に出た。


「ありがとう。でも、大丈夫よぉ」


 レラと呼ばれた女は、兵士の腰から胸にかけて撫でるように手を這わせる。


「はっ!」


 撫でられた兵士は硬直したように身体を固くして、顔を赤らめる。


「それにしてもぉ、さすがは怪盗ナバーロと言ったところかしらぁ。この短時間で、こんなところまで出てきちゃうなんて、すごいわぁ」


 レラはそう言うと、なぜか艶めかしくをつくってみせた。


「そうだな。来るのが遅ければ、罠から抜け出していたかもしれん」


 続いて現れたのは、ガウンを羽織った頭頂部が禿げあがった壮年の男だった。

 立派な口ひげを蓄えているが、そこには白いものが多い。腹は出ているが、どことなく威厳を放っている。


「あれがシュテルナー公爵か?」

「恐らくそうでしょう。聞いている容姿とも一致します」

「そうか。そうなると無理やり切り抜けるのは難しいな」


 ルイスとティトは、相手に聞こえないように小さな声で言葉を交わす。

 公爵自らが出て来たということは、護衛がこれだけというわけではないだろう。そうなれば、アミ―ラを守りながら脱出するのは厳しい。


「ティト、あれを出してくれるか? こうなったら交渉するしかない」


 ティトは頷くと懐からを取り出してルイスに渡した。


「なあ、公爵さんよ。あんたらの目的は、このなんだろう? これを渡すから、見逃しちゃぁくれねぇか?」


 ルイスはを、公爵たちに見えるように掲げる。

 それを見ると、公爵はレラの方へと視線を向ける。


「ダメよぉ。せっかくハウレスが誘い出してくれたんだしぃ。もう少し働いてもらわないとぉ……」

「ということだ。そいつだけじゃぁ、解放してやるわけにはいかんな」


 レラの反応を受けて、シュテルナー公爵はルイス達に首を横に振った。


「では、何をすればいい?」


 ルイスが言うと、シュテルナー公爵は再びレラの方へと視線をうつす。


「レラ?」

封魂結晶アニマ・クリュスっていぅ、魔法道具が欲しいの。リード子爵家のぉアルフレッドかぁ、オーティス男爵家のぉリリアーナが持ってるの」


 相変わらず甘ったるい話し方をするレラの言葉にルイスは少しだけ顔をしかめた。


「リード子爵家のアルフレッドか、オーティス男爵家のリリアーナってやつが持っている、アニマ・クリュスっていう魔法道具。それを盗ってくればいいんだな?」


 ルイスがそう聞き返すと、レラまたもや艶っぽいをつくって頷いた。


「じゃあ、ちょっくら行って盗ってくるから。俺たちを解放してくんねぇかな?」

「貴様ら二人は解放するが、その女はダメだ。大事な人質だからな。それと、はきっちり置いて行けよ」


 ルイスの要求をきっちりと跳ねのけるシュテルナー公爵。

 それに満足したのかレラはシュテルナー公爵にしなだれかかり、その体に指を這わせている。


 なんだか嫌なものを見せられた気がして、ルイスとティトは同時に顔をしかめた。

 だが、このまま引き下がるわけにはいかない事案がある。


「なあ、そっちの要求は分かったんだが、こっちの要求も一つ飲んでもらえねぇかな?」

「なんだ? 言ってみろ。聞くだけ聞いてやる」


 ルイスが言ったその言葉に、シュテルナー公爵もいちおうは聞く姿勢を見せた。


「なあに。それほど難しいことじゃない。彼女のことだが、さすがにこんな汚ねぇ地下牢に閉じ込められちゃあ病気になっちまう。もうちっとましな場所に移してくれねぇかな?」


 アミーラに視線を送ってから、ルイスはシュテルナー公爵へと訴える。


「いいだろう」

「ちゃんと、約束してくれよな。そうじゃねぇと、盗みに集中出来ねぇ」

「分かった、約束しよう。だから安心して盗みに行ってこい」


 おざなりに返事をしたシュテルナー公爵に対し、ルイスはそう念を押した。

 必ず聞いてもらえるという保証は無いが、何も言わないよりはだろう。


「アミーラ、そういうことだ。必ず迎えに来る。すまないが、それまで耐えてくれ」


 ルイスはそう言うと、アミーラを抱きしめた。

 アミーラはルイスの胸に顔をうずめると小さく頷いた。


「ごめんね。アミーラ。僕たちが戻るまで、少しの間だけ我慢していてね」


 ティトもそうアミーラに声をかける。




 かくして、ルイスとティトはフォートミズに戻って、リード子爵家か、オーティス男爵家が持つ、封魂結晶アニマ・クリュスという魔法道具を盗みに行くことになった。


 その後、火竜の瞳は取り上げられ、封魂結晶アニマ・クリュスに関する詳しい話を聞かされた。

 二人がシュテルナー公爵家を解放されたのは、だいぶ明るくなってからだった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ここまで読んで頂きありがとうございます。


 大切な仲間アミーラを取り戻せなかったルイスとティト。

 はたして、封魂結晶アニマ・クリュスは無事盗み出せるのか?


 怪盗ナバーロがどうやって盗むか気になる!

 アミーラが心配!

 シュテルナー公爵なんて嫌いだ!!


 と思ってくださいましたら、

 ★評価やフォローを頂けると嬉しいです。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

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