魔女イーリス
第6話.魔女イーリス①
怪盗ナバーロが火竜の瞳を盗んだ事件の、およそ半月ほど前。
魔女イーリスは、とある部屋のベッドの上で目を覚ました。
固いベッド、それ以外には
おそらくどこかの町の宿屋だろう。
まだはっきりしない頭で周囲を見回す。
しかしイーリスには、自分がどういう経緯でこの部屋に居るのか分からなかった。
この部屋に見覚えが無いのだ。
確か、レチェ近くの研究施設に身を置いていたはずだったが。
「痛っ」
ベッドから這い出そうとしたところで、右足の
その痛みで、イーリスは何が起こったかを思い出した。
遥か昔、イーリスは自分の魂の一部を保存するための魔法道具、
そして、その魔法道具により、数百年にも及ぶ長い眠りについたのだ。
目覚めたのは、つい
好奇心に駆られてやってきた少年と少女達。
そのうちの一人が不用意にも
その身体の持ち主は、オーティス男爵家の令嬢で、名をカテリーナと言った。
その少女には、ほんの少しだけ罪悪感を感じた。
だが背に腹は代えられなかった。
いくら魂が残っていても肉体が無ければ何も出来ないのだ。
イーリスは、自分の目的のために、その少女を犠牲にすることを
逡巡することも無く、少女の身体を奪って逃げ出した。
その後、しばらくは逃走の日々だった。
カテリーナの双子の姉であるリリアーナ、幼馴染のアルフレッド。
この二人の執拗な追跡をかわし、レチェの町近くにある古い研究施設に身を隠した。
そこまでは順調だった。
そう簡単に見つかるような場所ではない。
ほとぼりが冷めるまで、ここに身を隠そう。そう思っていた。
だが、どうやって見つけたのか、ほんの数日で追っ手の侵入を許してしまう。
それでも、追っ手を追い返すくらいの自信はあった。
イーリス自身にしても、以前の力を少なからず取り戻していたのだ。
だから、簡単に追い返せると思った。
だが、それがいけなかった。
追っ手は思っていたよりもはるかに成長していた。
特にあのアルフレッドという少年。
最初にまみえた時は簡単に退けられたのに。
それなのに。
短期間で、見違えるほど実力を上げていた。
油断もあったかもしれない。
そのせいで、
先ほどの
それで、魔力を乱され、追っ手達に隙を見せてしまった。
その後のことは覚えていない。
どうやら、気絶していたらしい。
そして、今のこの状況だった。
自分は追っ手に捕まったのだろうか?
しかし、まだ、自我は保っている。
この身体。カテリーナの身体も問題無く動かせる。
だから、まだ大丈夫なはずだ。
そう自分に言い聞かせた。
イーリスは、少しだけ安心して小さく息を吐く。そして無意識に、胸の辺りを触ると目を見開いて、ハッとした表情になった。
「無い!?」
そこにあるはずの物が無かった。
紅い宝石が付いたネックレス。
自己の魂を封印し、未来に託すために創った器。
それが、今は見当たらなかった。ベッドの中や、床を探したが見つからない。
数百年を超える長い年月、自分の魂の器だった
覚醒してからも、ずっと肌身離さず付けていたネックレス。
それが無い事実は、イーリスをひどく不安にさせた。
「セバス……」
思わず、今は居ない執事の名を口にしていた。
そして、イーリスは自分を抱きしめるように腕を回す。
しばらくそうしていたが、イーリスは細く息を吐くと顔をあげた。
冷静に考えれば、この状況は悪くない。
いや、むしろ状況は思ったよりもずっと良いのかもしれない。
そう思うと、少し気持ちが落ち着いてきた。
まだ、不安が無いわけではない。
だが、イーリスは顔をあげた。
その目には、殺風景な部屋の様子が映る。
「どこなのかしら? ここ」
結局、ここがどこかは分からなかった。
今、どういう状況かも分からない。
イーリスは、今度こそベッドから這い出した。
そして、部屋の外へと続いているであろう扉へと一歩近づく。
その時、外に人の気配を感じた。
反射的に身構える。
息を殺して、扉を睨みつる。
その直後、ノックもなく木製の古い扉は開かれた。
入って来たのは、イーリスが知らない男だった。
白髪交じりの髪を後ろに撫でつけた壮年の男で、白いシャツの上に黒い燕尾服のようなビシッとした服を身につけている。
執事のようなその格好に、イーリスは長年連れ添ったセバスチャンの姿を重ねる。
常にイーリスのそばで彼女を支えてくれた存在。
しかし、そのセバスチャンは今は居ない。
分かっている。
その男は、部屋に一歩入ったところで、イーリスに気付いた。
視線がイーリスに注がれる。
「お目覚めでしたか? イーリス様」
男は、そこで立ち止まり、右手を胸に当て恭しく頭を下げた。
イーリスは軽く首を左右に振ると、目の前の男を睨みつける。
警戒のレベルを上げた。
目の前の男が何者か分からないと言うのもある。
だが、それ以上に、その男の雰囲気に
「あまり警戒なさらないで頂きたい。我々は、あなたに危害を加えるつもりはありません」
その言葉には嘘は無さそうだった。
少なくても今は、その男から敵意は感じられない。
「あなたは?」
そう訊ねる。
「おっと。これは失礼。申し遅れました。私は、ハウレスと申します」
ハウレスと名乗ったその男は、もう一度、右手を胸に当て恭しく頭を下げた。
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