第7話.魔女イーリス②

 顔をあげたハウレスは、黙ってその場に立っていた。

 まるでイーリスが言葉を発するのを待っているように。

 いや、待ってくれてるのだろう。こちらの状況を察して。


 差しあたって、今すぐに危険というわけでは無さそうだ。

 ハウレスという男をしばらく観察したイーリスはそう結論付けた。


 ハウレスに敵意は無い。


 そうであれば今は、この状況を利用して情報を集めるのが得策かもしれない。

 イーリスは、そう考えた。


「まず聞きたいんだけど、ここはどこなのかしら? 目が覚めたらこのベッドの上だったんだけど。まったく状況が分からなくて」


 イーリスは警戒を解かずに、ハウレスに尋ねた。


「失礼しました。そうでございますな」


 ハウレスは軽く頭を下げてから続ける。


「ここは、レチェという町の宿屋でございます。我々がイーリス様を見つけた時には、気を失っておられましたので、ここまでお連れさせて頂きました」


 レチェならば知っている。イーリスが身を隠していた研究施設に最も近い町だ。

 研究施設に行くときにもとおった町でもある。


 さらに、アルフレッド達に気絶させられたイーリスを助け出してくれたのは、この男だということも分かった。

 というからには、この男以外にも仲間が居るかもしれないが。


「そう。あなたが助けてくれたのね。ありがとう」

「とんでもございません」


 頭を下げて礼を言うイーリスに対して、ハウレスは首を横に振った。


「それで、なぜ私を助けてくれたのかしら?」


 相手が善意で助けてくれたと思うほどイーリスは甘くなかった。

 あんな人里離れた場所に偶然通りかかったなんてことは、まずありえないし、この男にイーリスを助ける理由も無いはずだ。


 そうなると何らかの目的があって助けられたと考えるべきだろう。

 イーリスは油断なく、ハウレスの目を覗き込む。


かないませんな」


 ハウレスはふっと力を抜いて苦笑する。


「正直に申し上げましょう。イーリス様には、少しご協力を頂きたいことがあります」

「協力?」


「それについては、私から説明させてもらおう」


 突然ハウレスの後ろから一人の女性が現れた。


 先ほどまではまったく気配もなかったというのに、突然現れたその女性にイーリスは身体を固くする。


 その女性は、燃えるような真っ赤な髪をした美女だった。

 黒く深い悲しみを宿した大きめの瞳に、長い睫が影を落とす。唇は少し厚めで、深い色のべにをさしていた。

 透き通るような白い肌。

 からす色のドレスが、その肌の白さをさらに強調している。


 美しい女性だが、ずいぶんと雰囲気が暗い。

 それが、その女性へのイーリスの最初の印象だった。

 

「はじめまして。アミィだ、よろしく」


 アミィと名乗ったその女性は、ずいぶん事務的な物言いで、右手を差し出してくる。


「イーリスよ」


 

 一瞬だけ躊躇ちゅうちょしたものの、イーリスはアミィの右手を取った。


「助けてもらった恩もあるし、私で出来ることなら協力させてもらうつもりよ」

「それは助かる」


 イーリスの返答に、アミィは表情を動かさず、小さく頷いた。


「それで、私は何をすればいいのかしら?」


 すぐには答えず、アミィは部屋に一つだけあるスツール簡易的な丸椅子に腰を下ろすと、すらっとした長い足を組む。

 そして、イーリスにはベッドに腰かけるようにと身振りで促した。


 じっくり話がしたいということだろうか。


 イーリスがベッドに腰を落ち着かせるのを確認したアミィは、ほんの少しだけ前のめりになって口を開いた。


「魔女イーリスよ。単刀直入に言おう。我々は封魂結晶アニマ・クリュスのことが知りたい」


「知りたいと言うのは?」

「使い方が知りたいのだ」


 アミィは即答し、そしてイーリスの目をまっすぐに見つめると、先を続けた。


封魂結晶アニマ・クリュスがどういう物かは知っているつもりだ。だが使い方が分からない」


「それは、封魂結晶アニマ・クリュスを使いたいってこと?」


「そうだ。――それから、封魂結晶アニマ・クリュスが欲しい。出来れば作り方を教えて欲しい。それが叶わぬなら、いくつか譲ってもらえないだろうか?」


 アミィは、そう言って頭を下げた。


「そう……。使い方を教えることは出来るわ。でも、その封魂結晶アニマ・クリュスだけど、譲りたくても今は手元に無いの。材料も無いし」


 困ったように顔を曇らせるイーリスに、アミィは不安そうに眉をひそめた。


「材料さえあれば作ることはできるんだけど――その材料がなかなか手に入らないものなのよね」

「本当か?」


 アミィが勢いよく立ち上がって、イーリスの手を取る。


「えっ?」

「材料があれば作れるんだな?」

「あっ、まあ。うん。材料さえあれば大丈夫――なはず。でも、そんなに簡単に手にはいる物じゃないわよ?」


 先ほどまでのクールな美女は何処へやら。アミィの勢いに、イーリスは顔を引きつらせながら答える。


「問題無い。その材料とやらは、我が部下に集めさせる」

「どれも入手が難しいものなのよ?」

「うちの部下は優秀でな。たいていのものは手に入れられると思うぞ。そうだろ? ハウレス」


 アミィは、先ほどから一歩も動かず、というより身じろぎ一つせず直立不動の姿勢で控えているハウレスの方に視線を向けた。


「お任せください」


 ハウレスは、そう言うと右手を胸に当て恭しく頭を下げる。

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