第8話.魔女イーリス③

「それで、その簡単には手に入らない材料とは、何なのだ?」


 アミィがイーリスに水を向ける。


「細かい材料はいろいろとあるけど、入手が難しいのは3つだけね」


「たった3つだけ?」


 アミィは、拍子抜けしたように肩を落とす。いや、安心したのかもしれない。


「ええ。まず1つ目の材料だけど、ね。アメミットはご存知?」

「ああ。もちろん知っている。確か迷宮の深層に生息している魔物だな。死者の魂を喰らうという伝説があるが、あれは迷信だ。あれくらいなら、ハウレス一人でも問題無い」


 アミィは何でもないというように言ったが、イーリスは背筋に冷たいものが走った。

 無理もない。迷宮の深層と言えば、そこに到達できる者などほとんど居ない。

 腕の立つ傭兵や騎士の中でも一握り。

 魔女とまで言われたイーリスでさえ、全盛期の頃、セバスチャンと二人でなら、なんとかといった具合だ。


 それを何でもないことのように、ハウレス一人で問題無いとアミィは言い切った。


 それはつまり、ハウレスの実力はイーリスを軽く凌駕するということで、さらにそのハウレスを部下扱いするアミィの実力は、とても推し量れない。


 今は対等に接してくれているが、もしアミィ達がその気になれば、無理やりイーリスを従えるなど造作も無いことだろう。


「魔女イーリスよ。それで、二つ目の材料だが?」

「え? あっ、ああ。そうね。二つ目の材料」


 イーリスは一瞬、びくっと肩を震わせたが、慌てて取り繕った。


「二つ目の材料は、というものよ」

「ファラクテリー?」


 アミィは、眉根を寄せて少しだけ首を傾けた。どうやら、ファラクテリーには心当たりが無かったらしい。


「ファラクテリーというのは、特殊な製法で造られる聖句の刻まれた箱のことよ。以前は大きな教会で手に入ったはずだけど、今はどうかしら?」


 アミィは腕を組んで少し考える素振りをした後、ハウレスへと視線を向ける。視線を向けられたハウレスは静かに首を横に振った。


「ふむ。聞いたことはないな」

「そう……。まあ、材料さえあれば、私でも作ることは出来るけど」

「本当か? して、その材料とは?」


 アミィの眉がピクリとうごき、またもや身を乗り出すようにして聞いてくる。


「スレイプニルの革」

「ああ、あのでかい馬か。ハウレス、アメミットの魔石のついでに取ってきてくれるか?」

「はっ、お任せください」


 またも、なんでも無いように引き受けるハウレス。

 だが、スレイプニルというのは、神々が騎乗する軍馬とも言われる魔物で、脚が8本ある巨大な馬の魔物だ。

 その脅威度はアメミットに並ぶ。


「これで、ファラクテリーとやらの目途も立ったな。後は3つ目の材料か」

「3つ目の材料は、。それも透明度の高いもので、大きさは最低でも10カラット以上。大きければ大きいほど、良質な封魂結晶アニマ・クリュスとなるわ」


 スタールビーというのは、ルビーの中でも星彩効果アステリズムと言われる、星のような模様が入ったものを指す。星彩効果アステリズムが入る過程で、多くの場合透明度を失ってしまうのだが、稀にルビー独特の透明度を残したまま、星彩効果アステリズムが入る物がある。

 そのようなスタールビーは、その希少価値から、かなりの高値で売買されているが、宝石商に行けば、一つや二つは手に入るはずだ。


「ふむ。宝石か。ハウレス、迷宮に行く途中にジリンガムに寄って、レラ・ジャーニに協力をあおいでくれ。奴なら宝石商にも伝手つてがあるだろう」

「畏まりました」


 これにも、ハウレスは恭しく頭を下げて承諾した。


「そう言えば、あの辺りの貴族が、たいそう高価なスタールビーを手に入れたという噂を聞いたことがありますな」

「ほぅ。では、それも入手してまいれ」


「はっ」


 ちょっとお使いを言い渡すような気軽さで命じるアミィに対し、これまた何の気負いも無く返事をするハウレス。

 貴族相手に交渉できる算段でもあるのだろうかとイーリスは半ば感心しながら二人のやり取りを見ていた。



「魔女イーリスよ。それ以外に必要な材料はあるか?」

「細々としたものは、まだまだあるけど、それは先ほどの3つの材料が揃ってからでいいかな」


 アミィの問いかけにイーリスは軽く首を振りながら答えた。


「それから、使い方の説明なんだけど、封魂結晶アニマ・クリュスを作ってから教えるつもりよ。現物が手元にあった方が分かりやすいでしょ? それまでに、作り方と使い方は何かに書き記しておくわね」

「そうしてくれると助かる」


 アミィは上機嫌に口元を緩めた。


「しかし、悪いな。こちらから依頼したこととはいえ、ここまでしてもらえるとは思っていなかった。こちらの要望ばかりだけでは申し訳ない。魔女イーリス、何か我々にして欲しいことはあるか?」


 上機嫌なアミィはそんな申し出までする。

 普段のアミィからは考えられない。普段の彼女は、もっと利己的であり事務的である。


「何もないのか?」


 アミィがもう一度訪ねるとイーリスは遠慮がちに口を開いた。


「あっ、いや。探してほしいものが……あるわ」


「探しものか? 見つけられるかは分からないが、何を探してほしいんだ?」

「私が身に付けていた封魂結晶アニマ・クリュスだけど、どうやら奪われてしまったみたいなの。あれを取り返したい」


「なんだと? それは由々しき事態だな」


 アミィは、驚きと不安を混ぜたような顔をする。

 もともとイーリスの魂は、その封魂結晶アニマ・クリュスに封じられていたのだ。それが奪われたということは、イーリスの魂の維持にも不安を抱えると言うことで、それはアミィ達の目的をも脅かすことになる。


 それゆえに、アミィも見過ごすことは出来ない。


「心当たりは?」

「リード子爵家のアルフレッド、またはオーティス男爵家のリリアーナ。この二人のうちどちらかが持っている可能性が高いわね」

「分かった。確か、フォートミズの貴族だったな」


 イーリスは首を縦に振った。

 フォートミズというのは、この国で2番目に大きな都市であり、ヴァイスマン侯爵家が治めている。リード子爵家もオーティス男爵家も共に、そのフォートミズで名の知られた貴族であり、領主のヴァイスマン侯爵家とも良好な関係を築いている。


「ハウレス。この件もレラに依頼してくれ」

「はい。仰せのままに」


 再びハウレスは恭しく頭を下げた。

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