第9話.魔女イーリス④

「あ、アミィ殿。もう一つ頼まれてもらえないかしら?」


 先ほどの件を思いのほか簡単に引き受けてもらえたイーリスは、少し欲が出て来た。

 あれが、引き受けてもらえるなら、他にも引き受けてもらえるかもしれない。


「かまわんよ。我らに出来ることなら引き受けよう。言ってみるといい」


 アミィは、先ほどの態度を崩さず頷いた。


「私の古い研究施設に行って、そこに保管してある魔法道具をいくつか取ってきて欲しいんだけど。お願いできるかしら?」

「ふむ、そんなことか。それで、その研究施設とやらは、あなたが捕らえられていたあの施設でいいのか?」


 アミィが言っているのは、ここレチェの町から一日ほどの距離にある研究施設のことだろう。

 だが、イーリスは首を横に振った。


「あの施設には、もうめぼしいものは残っていないでしょうね」


 イーリスは、諦めたような口調で先を続ける。


「彼らの侵入を許してしまったからには、ほとんど持ち出されてしまっていると思うわ」

「では、ミズリーノ湖の方か?」

「そっちも同じでしょう」


 イーリスは再び首を横に振る。

 ミズリーノ湖は、イーリスの封魂結晶アニマ・クリュスが隠されていた遺跡だ。だが、そこも既にめぼしいものは持ち出されているだろう。


「他にもまだ研究施設が隠されているというのか?」


 アミィは驚いているのだろう。その声は少し大きかった。


「ペスカーレ湖のほとりに一つあるわ。その付近の地図を用意してもらえないかしら? 後で細かい位置を地図に書き込むわね」

「ほぅ。そんなところにもあったんだな。いったい、いくつあるんだ?」


 半ばあきれ顔でアミィがたずねるが、イーリスは軽く微笑むだけで、それには答えなかった。


「まあ、いい」


 アミィは諦めたように頷くと、虚空に視線を向けて口を開いた。


「セーレ? セーレはるか?」



「きゃはっ! アミィ様、呼びましたぁ?」


 アミィが虚空に呼びかけた後、少し待っていると急に、何も無い空間から耳障みみざわりな高い声がした。


 その直後、ハウレスの隣に一人の女性が現れる。


 それは何も無い空間から現れたと言うのが正しいだろう。

 ハウレスの後ろから姿を現したというわけではない。


 最初に声が聞こえた時には、そこにはその姿は無かった。イーリスの目には、声が聞こえた直後に虚空からその女性が姿を現したように見えたのだ。


 その女性は亜麻色あまいろの長い髪がよく似合う美人で、臙脂色えんじいろをしたワンショルダーのゆったりとしたトップスに、これまたゆったりとした黒のガウチョパンツというラフな格好だった。


 アミィにも見劣りしない美人ではあるが、その雰囲気はだいぶ違う。


「セーレ。貴様に頼みがある」

「きゃはっ! 出番ですかぁ? わっかりましたぁ」


 その高い声にイーリスは思わず顔をしかめた。


「すまない。こやつの話し方は、さぞ不快だろう?」

「い、いえ、そんなことは」

「無理はしなくていい。私も慣れるまでは苦労したものだ」


 イーリスは少し引きつった顔で否定する。だが、その表情から不快に思っているのは明らかだった。アミィはそれを見て頭を押さえながら苦笑する。

 だが、すぐにセーレの方に視線を向けると、話を続けた。


「セーレ。ペスカーレ湖は分かるな?」

「はーいっ! ここからぁ、南西にぃ十日くらいですかねぇ?」

「はぁ。それは、まっすぐ行った場合だな。険しい山を越えることになるから、そのルートはやめておけよ」


 アミィは、深くため息をつきながらそう言った。


「きゃはっ! 残念」


 まったく残念な気配も無く、むしろ嬉しそうに笑うセーレ。


「まあ、いい。貴様には、ペスカーレ湖まで行ってもらう。そこでイーリス殿の研究施設を見つけて、そこにある物資を持ち帰ってくるのだ」

「わっかりましたぁ!」


 セーレは元気よく返事をして、敬礼のようなポーズをとった。


「それではぁ、セーレ。行ってきまぁーす!」

「待て!」


 敬礼のポーズのまま虚空に消えようとしたセーレの腕をアミィは慌てて掴む。


「まだ、研究施設の場所も、何を取ってくるかも聞いておらんだろう?」

「きゃはっ! そうでしたぁ」

「まったく……」


 再び頭を押さえてため息をついた後、アミィはイーリスに視線を移した。


「それで、研究施設から取ってくる物だが、もう少し詳しく教えてもらえるか?」

「ええ。取ってきて欲しい魔法道具は二つよ。一つ目はフード付きローブの形をしている魔法道具で色はダークブラウン。見れば分かると思うわ。二つ目は、銀の腕輪ブレスレットの見た目をした魔法道具。これも見れば分かるはずよ」


 セーレの喋り方にだいぶ慣れたのか、それとも気にしないことにしたのか、イーリスは淡々と説明する。


「きゃはっ! ローブとぉ、ブレスレットねぇ。分かりましたぁ」


 本当に分かっているのか怪しいものだが、セーレはそう言って頷いた。


「その二つだけでいいのか?」


 アミィが聞き返すと、イーリスはかぶりを振った。


「いいえ、もう一つ。確か予備の封魂結晶アニマ・クリュスが残っていたと思うの。それも、取って来てもらえるかしら?」


 その言葉に、アミィの目の色が変わる。


「なに? 予備の封魂結晶アニマ・クリュスがあるのか? それは譲ってもらえないだろうか?」

「ええ。もちろんそのつもりよ。だから、魔法道具の方はお願いね」


 イーリスの返事に、アミィは何度も頷く。そして、セーレへと向かう。


「セーレ、聞いての通りだ。頼むぞ」

「きゃはっ! わっかりましたぁ」


 その声を残して、セーレは空間に溶けるように消えた。


 それからしばらくして、地図を受け取っていないことに気付いたセーレは戻ってくることになる。



 アミィは頭を抱えながらも、部下を三人ほどセーレにつけて再び送り出した。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 【お知らせとお願いです】


 ここまで読んで頂きありがとうございます。

 久しぶりのイーリスの話でした。

 3話で終わるはずが、4話になってしまいました。

 次からは、またルイスとティトの話に戻ります。

 

 ちょっとやんちゃなルイスが好き!

 眼鏡が似合う知的なティトがかっこいい!

 いや、イーリスもいいよね?


 と思ってくださいましたら、

 ★評価やフォローを頂けると嬉しいです。


 この物語は、前作『ツインズソウル』の続きとなっております。

 前作を読まなくても楽しめるように書いているつもりですが、気になりましたら読んでみてください。

 https://kakuyomu.jp/works/16817330651061465621



 また、全部読むのはめんどくさいから、あらすじだけ教えて!

 という方は以下。前作『ツインズソウル』のあらすじと、主な登場人物を紹介しています。

 こちらを、見てみてください。

 https://kakuyomu.jp/works/16817330651061465621/episodes/16817330659743681557



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