事件

第10話.迷宮

 この国で二番目の規模を誇る都市、フォートミズ。

 そこから北へ一時間ほど。ザーレフェルトの森の端に巨大な縦穴が口を開けている。


 この世界にいくつかある迷宮の一つ。 

 その名をフルーレティ大迷宮という。


 いつからあるのか、どうやって出来たのか、それを知る者は居ない。一説には、神代の時代から存在しているともいわれている。


 迷宮の奥は、迷路のような複雑な地形となっていて、探索者を惑わす。

 そのうえ、多くの魔物が跋扈ばっこしており探索者の行く手を阻む。


 奥へ行けば行くほど、魔物は強く、迷路は複雑になり、探索者の進行を拒んできた。それゆえに、未だ最奥まで辿り着いた者は居ない。


 それでもこの迷宮は、多くの探索者で賑わいを見せていた。

 迷宮から採れる鉱石や植物、それから魔物から採れる魔石や素材、それらに高い価値があるからだ。


 魔石は、魔法道具の動力として。

 鉱石や魔物の素材は、武器や防具、様々な道具の材料として。

 植物は、いくつかの魔法薬の原料として。

 さまざまな形で利用されている。


 迷宮の奥へ行けば行くほど、貴重で価値の高い物が手に入る。そして到達階層は、その者の力の証明としての意味も持つ。


 多くの探索者は、富と名声を求め、今日も迷宮へともぐる。





 その探索者に混ざって、ルイスとティトの姿があった。

 ちょうど探索を終えて出て来たところだ。


「やっぱり、一週間ぶりの日差しはまぶしいな」

「そうですね。ずっと地下でしたからね。太陽の光が目に沁みます」


 ルイスは手のひらでひさしを作る。すぐ後ろを歩くティトも、上を仰ぎながら目を細めた。


 迷宮の入り口。

 巨大な縦穴の底に現れたルイスとティトは、縦穴の壁に沿って作られた階段を上へと目指している。


 ちょうど正午を過ぎたところで、太陽の光は縦穴の底まで届いていた。


「まあ、でも、これでしばらくは迷宮に入らなくても良さそうだな」

「はい!」


 ティトは前を行くルイスに向かって元気よく答える。


「欲しかったアラクネの糸袋と、ファンガスの眠り粉は充分過ぎるほど手に入りましたね」


 ティトの言うアラクネの糸袋とファンガスの眠り粉というのは、ティトの作る魔法道具の材料だった。こうして、定期的に迷宮にもぐり補充している。


「それ以外にも、ラミアの毒腺にスライムの強酸も補充できました」


 これも道具の材料だ。

 

「それに、新しい素材もいくつか入手できました。これだけあれば、当分使い切れないでしょうね」


「29階層まで行って頑張った甲斐があったってもんだ」


 ルイスが振り返ると、ほくほく顔で頷くティトの顔が目に入った。その顔を見られただけでも、ルイスの頬は緩む。

 だが、それをティトには見られないように、すぐに前を向いた。


「兄さん。あの階層にもだいぶ慣れてきましたね」

「まあな。何度も行ったし、それに俺たちも強くなったんじゃねぇか?」

「そうですね。最初の頃はアラクネ一匹でも命懸けでしたからね」


 二人は、階段を登りながら話を続ける。


「それが今では、群れに囲まれても余裕ってか?」

「ほんと、兄さんは強くなりましたね」

「ああ。でも、それはティト。お前のおかげでもあるんだぜ」


 ルイスは、ティトの方には振り返らずに言葉を続ける。


「おまえのサポートがあるから、俺は思いっきり動ける。いつも助かってるぞ」

「そうだといいんですけどね」


 そう控えめに答えるティトだったが、その尻尾は嬉しそうにピンと上を向いている。

 まんざらでもないというか、かなり嬉しそうだ。


 実際にティトのサポートはかなり助かっていた。

 ティトの創った道具には常に助けられているし、後方からの的確な狙撃は敵の動きを鈍らせる。

 さらに、様々な効果を生む弾丸を使いこなし、敵の力をいでくれる。


 その一撃の攻撃力こそ、ルイスの短剣には遠く及ばないが、戦いへの貢献度という意味では、決して無視できない。


「まあ、でも、そのおかげで今回はかなり探索範囲を広げることが出来たんだしな。オーガの角に、ヘルハウンドの牙なんかもあったな」


「はい! 特にオーガの角は嬉しいですね。魔力との親和性が高いから、魔法道具を創るときの触媒としても利用できますし。その他にもいろいろ利用できそうです。ヘルハウンドの牙と組み合わせれば爆裂弾なんてものも出来るかもしれませんね。敵に当たったら爆発するみたいな?」


「爆裂弾か。なんかいいな。それ」

「はい。そろそろ長距離射撃用魔銃アキュラスの攻撃力もあげておきたかったところですし、ちょっと創ってみようと思います」


 爆裂弾などというものは創ったことは無いのだが、ティトは魔物から採れる素材の扱いが上手い。もしかしたら、簡単に作ってしまうかもしれない。


 そんな話をしているうちに、ルイスとティトは地上へと到着した。

 そこで二人を迎えたのは、たくさんの露店だった。


 馬車を移動式の店舗に改良した露店や、地べたに茣蓙ござのような敷物を敷いて、その上に商品を並べた露店など様々な露店が所狭しと並んでいる。


 売っている物もさまざまで、食べ物や飲み物だけでなく、武器や防具、アクセサリーの露店もある。さらには魔法薬や雑貨、魔石や魔物の素材なんかの店まであったりする。

 魔石と素材は、買取もやっているのかもしれない。


「なあ、そこのお兄さん。クイナの串焼きなんてどうだい?」

「そんな肉よりも、冷えた果実水がお勧めだよ」

「こっちは採れたてのオランジェだよ」


 露店の店主たちが、迷宮から帰って来た探索者に我先われさきにと声をかける。

 その呼び込みは、猫獣人みゃうであるルイスやティト相手でも例外ではない。


 ルイスとティトは、それらの呼び込みには見向きもせず、露店の間を縫って南へと進む。


 南には、この迷宮への唯一の出入り口がある。

 南の出入り口以外は、高さ10メートル以上もある壁に囲まれている。ちょうど迷宮へと続く縦穴を円形に囲んでいるのだ。


 この壁は街や城を囲む壁とは目的が異なる。

 街や城の壁は外敵の侵入を防ぐのが目的なのに対し、ここの壁は迷宮から魔物たちが溢れた場合、外に出さないことを目的としている。

 有事の際は、壁の上にドーム状の防護膜が張られる徹底ぶりだ。


 もし迷宮から魔物が溢れても、この壁と防護膜で魔物を足止めしている間に、フォートミズから騎士団が駆けつけるという寸法だ。


 フォートミズの街は、もともとフルーレティ大迷宮を監視し、有事に対応するために造られた街だ。

 それが少しずつ発展し、今では王都に次ぐ規模を誇るほどの大都市に成長した。


 もっとも、ここ数十年は、迷宮から魔物が溢れたという記録は無い。


 脅威さえ抑えてしまえば、この危険極まりない大迷宮も、魔石や素材と言った豊富な資源を排出する巨大な採掘場となるのだ。


 その証拠がこの露店の賑わいだ。

 壁の内側だけではなく、フォートミズへと続く道にまではみ出て並ぶたくさんの露店は、王都の繁華街をも凌ぐ賑わいを見せる。


「なあ、ティト。何か食ってくか?」


 川魚をまるごと串に刺してあぶっている露店を横目に見ながら、ルイスはティトに問いかけた。


「いいですね」


 ちょうどティトもルイスと同じ魚を見つめていたところだ。


「らっしゃい!」


 魚の串焼きを炙っていた店主が二人の視線に気づいて声をあげる。


「おやじ、2本……いや、4本くれ」

「へい、まいど」


 店主はルイスから銅貨を4枚受け取ると、代わりに竹串を刺した焼きたての魚を4本差し出してくる。

 それをルイスとティトが2本ずつ受け取った。


「熱いから気をつけろよ」


 店主が忠告してくれるが、その時には二人とも1本目に真ん中からかぶりついていた。


はふぃあつい


 その熱さにルイスは一瞬口を離すが、いい匂いに逆らえず、すぐにもう一度かじりついた。

 パリッとした皮を突き破る感触の後、ホクホクな白身がほどける。ほどよい塩加減と合わさって、白身の旨味が口いっぱいに広がった。


「旨い」

「おいひい」


 二人同時に声をあげる。

 そして、顔を見合わせて笑った。

 あっという間に1本目を食べ終わった二人は、フォートミズの方へと向かいながら2本目にかぶりついた。

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