第11話.事件

 フルーレティ迷宮を出てから1時間。

 ルイスとティトの二人はフォートミズの北門の前まで来ていた。


 北門の手前には、幅30メートルを超えるロレーヌ川が流れていて、一本の大きな橋が北門と街道を繋いでいる。

 川の向こうには、高さ10メートルを超える巨大な外壁が街を囲んでいる。この外壁は、外敵の侵入を防ぐ目的で建てられていて、例え迷宮から魔物が溢れたとしても、そう簡単に街に侵入されることはない。


 外壁の向こうに視線を向ければ、傾斜に沿って広がる街並みが、ここからでも見ることが出来た。


 ルイスとティトは、橋を渡り北門からフォートミズの街へと入っていく。




 門をくぐると、その先には街の中心へと向かう大通りが奥へと伸びていて、通りの左右には様々な店が軒を連ねていた。

 さすがに王国に次ぐ第二の都市と言われるだけあって、大通りは多くの人々で賑わっている。


 だが、ルイスとティトは、その大通りを避けるように外壁沿いに南へと向かう。

 彼らの拠点は、街のはずれ。いわゆるスラムと呼ばれる区域にある。


 べつに金が無いわけではない。

 今のルイス達なら、フォートミズの一等地にそれなりの邸宅を建てるくらい造作もない。そのくらいの蓄えはあった。


 それでもスラムで暮らすのは、なんとなく離れがたかったからだ。

 それは、二人にとってやっと辿り着いた安住の地だったからかもしれない。




 ルイスとティトが生まれたのは、ここフォートミズではなく、ドリズブールという、もっと北にある街だった。

 裕福というわけではないが、ごく一般的な家庭に生まれた。

 父親のガエル・ナバーロは、当時のドリズブール領主、バークレー伯爵に仕える騎士だった。


 獣人の騎士は珍しい。

 獣人差別は国が禁止しているが、人々に根付いた差別意識はそう簡単に消えるものではない。


 そんな中、ガエルが騎士として取り立てられたのは、その実力もさることながら、バークレー伯爵の差別意識が薄かったせいもあっただろう。


 そこそこの給金もあり、ナバーロ一家はドリズブールで幸せに暮らしていた。




 それが崩れたのはバークレー伯爵が若くして他界してからだ。


 家督を息子のレスター・バークレーが継ぐと、あからさまな獣人差別を開始した。

 中でも家中に騎士として仕えていたガエルは格好の餌食になる。


 最初は些細な嫌がらせから始まったそれは、すぐにエスカレートしていき、遂にはありもしない罪でガエルは投獄されてしまう。


 そこからが、酷かった。


 そのありもしない罪を理由にナバーロ一家は財産、家財はおろか、家までも没収されてしまった。


 ガエルは投獄から二月ふたつき後に無実の罪で公開処刑され、ガエルの死から一月も経たないうちに、母も失意と憤怒の中、衰弱しガエルを追うように息を引き取った。


 ルイスが十歳、ティトが僅か七歳の時である。


 それから二人は生きるために必死だった。

 ごみを漁り、泥水をすすって必死に生きた。


 ひったくりも、盗みも躊躇ためらわなかった。

 生きていくためには仕方が無かったのだ。


 特にルイスは必死だった。

 幼いティトを守るため、養うために何度も盗みを働いた。

 何度かヘマをして棒でしこたま叩かれたりもしたが、ルイスは次第にその才能を開花させていった。

 猫獣人みゃうの特徴である身軽さ、俊敏さも相まって、1年もしないうちに大人顔負けの盗みのスキルを身に付けていた。


 調子に乗ったルイスは、そこでやり過ぎてしまう。

 そのせいで、二人はドリズブールを追われた。




 その後、彼らは各地を彷徨さまようことになる。

 そして、ようやく落ち着いたのがフォートミズのスラムだった。


 そこで初めて、ルイス達は受け入れられた気がした。


 フォートミズには獣人差別がほとんど無い。


 そのうえ、スラムでは毎日のように炊き出しが行われ、盗みをしなくても飢えることは無かった。


 猫獣人みゃうであるルイスとティトも、差別されること無く、他のスラムの住人と同じように炊き出しの恩恵に預かることが出来た。


 明日の食事を心配しなくていい。

 それは、二人に驚くほどの安心感を与えた。それ以来、ここに住んでいる。


 最近は留守にしていることも多いが、ここに戻ってくると、家に帰って来たという思いが強い。




 二人は、外壁沿いをしばらく歩いた後、途中で小さな路地にれ、少し傾斜を登ったところにある小さな石造りの家へと入っていった。


 スラムにある家の中では比較的ましな造りをしている。


「はぁ~。やっぱり我が家はいいな」


 ルイスは荷物を適当に部屋の隅の方へと置くと、さっそく古いソファへと身を投げ出した。

 だらしない恰好でくつろぐルイスを見て、ティトは目を細めると、反対側のソファへと身体を沈めた。


「二週間ぶりですかね。アミーラ達は元気でしょうか?」

「どうだろうな? 久しぶりにアミーラの料理も食いたいし、後で顔を出してみるか」

「はい」


 そんな会話をしつつ二人してソファでぐでっとしていると、勢いよく入り口の扉が開かれた。


「ルイス兄ちゃん、ティト兄ちゃん、大変だ!」


 現れたのは、まだ少しあどけなさが残る男の子だ。背は、小柄なルイスよりも頭一つ分低い。狼のような耳と、ふさふさの尻尾が、彼も獣人種であることを物語っている。


「姉ちゃんが、アミーラ姉ちゃんが!」


 健康的な褐色の肌をした、その少年はルイスとティトの顔をみとめると、その表情を歪める。

 そして震える声で叫んだ。


「カシム!?」

「どうした? アミーラに何かあったのか?」


 ルイスとティトは同時にソファから飛び起きると、少年に駈け寄った。


さらわれちまった!」

「なっ!? アミーラが?」

「いつ? 誰に?」


 少年の言葉に、ルイスが驚きの声をあげ、ティトは少年の肩を掴んで問い詰める。


「二日前。知らねぇやつだった。誰だかわかんねぇよ」

「じゃあ、どんな奴だった?」

「覚えていることがあれば、何でもいい。教えてくれ」


「白髪頭で黒い服だった」


 ルイスの脳裏に、を盗んだ後に会ったハウレスという男の顔がよぎる。

 だが、確証が無い。


「どこに連れて行かれた?」

「わかんねぇ、わかんねぇよ!」


 少年は涙を流しながら首を振る。


「そうか? そいつ、何か言ってなかったか?」


 もし、ハウレスがアミーラを攫ったのであれば、その目的は怪盗ナバーロにある可能性が高い。


 ハウレスが先に接触したのはルイス達だったのだ。

 そうであれば、アミーラを攫ったのは人質にするためか。


「そうだ! これ。これを兄ちゃんたちに渡せって」


 少年はポケットから一枚の紙を出した。

 ティトがそれを受け取る。

 開いて素早く目を通す。


を持って、シュテルナー公爵の屋敷までいって、書いてありますね」


 ルイスの目に一瞬だけ後悔の影が落ちる。

 しかし、すぐに顔をあげると、その目は怒りに染まっていた。


「くそっ、また貴族かよ」


 そう吐き捨てるルイスに、ティトは頷いた。


「行きますか? 兄さん」

「ああ。待ってろアミーラ。すぐに助け出してやる」

「カシム。よく知らせてくれたな。後は僕たちに任せて、家で待っていてくれ」


 ティトはそう言うと、少年の頭を撫でた。

 カシムと呼ばれた少年は、涙を流しながらも何度も頷く。


 帰って来たばかりというのに二人は外へと飛び出した。

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