第5話.怪盗ナバーロ参上⑤

 煙幕えんまくの中に飛び込んだルイスは、まずジャクソンの変装をく。

 一瞬、猫獣人みゃうの身体的特徴である猫耳と尻尾があらわになるが、煙に隠れて兵士達からは見えない。

 

 そして、すぐにその姿は兵士の恰好に変わる。

 麻で出来た濃いグレーの貫頭衣に、上半身だけの簡易な鎖鎧チェーンメイル。それに、ブーツと金属製の籠手という姿だ。周囲に居る多くの兵士がこの格好をしている。


 変装したルイスは、煙の中へと突入してきた兵士にざる。


「いないぞ」

「どこに行った?」


 兵士たちは薄れる煙の中、ルイスの姿を見つけようと必死だ。

 だが、そこにルイスの姿を見つけることは出来ない。


 いまや煙はすっかり晴れ、賊を見失ってその場に立ち尽くす兵士達。その後ろからルイスが叫ぶ。


「まだ敷地内に居るはずだ。探せー」


 それで、兵士たちはバラバラになって中庭に散っていった。ルイスも他の兵士達と同じように賊を探すふりをしながら中庭を移動する。


 しばらく他の兵士たちと同じように中庭を駆けまわったルイスは、折を見て屋敷の裏手へと回る。そして、兵士たちの目が無いことを確認すると、2メートルほどある屋敷の外壁を飛び越えた。


 外壁の外へと出たルイスは、わずかに外を守る兵士たちの目をかいくぐって屋敷から遠ざかる。

 そして十分に離れたところで、路地裏へと身を隠した。




 次に路地裏から出て来た時、ルイスは普段の姿に戻っていた。


 男性としては少し小柄な160センチほどの身長。

 ティトの兄とは思えないような、細く鋭い目つき。短めの髪は、弟と同じ青みがかったグレー。

 髪と同じ色の猫耳と尻尾が猫獣人みゃうであることを主張する。

 白いシャツに動きやすそうな生地の黒いパンツ、黒のジャケットという軽装。

 腰に巻いた太めのベルトには、左右に一本ずつ短剣を差している。


 ルイスはゆっくりとした足取りで、ティトが待つ、この町の鐘楼しょうろうへと向かった。


 鐘楼の壁に背を預けて、腕を組んで少し俯き加減で待っていたティトは、ルイスが近づいてきたのに気付いたのか顔をあげた。


 ルイスが片手を上げると、ティトも片手をあげて応える。


「兄さん、お疲れ様です」

「ああ、ティトもな」

「それで、首尾はどうですか?」


 ティトの問いにルイスはニヤリと口の端をあげる。

 そしてティトの元まで歩いてくると、右手に持った物を見せるように、ティトの目の前で手を開いた。


 そこには、紅い宝石が乗っていた。

 こぶし大の丸い宝石。

 透明度が高く、縦に一本の長いラインが入っているスタールビー。が、そこにあった。


「さすが兄さんです」

「当然だろ。まあ、優秀なサポートがついているってのもあるけどな」


 尊敬の眼差しを向けてくるティトに対し、ルイスは、ニッと歯を見せて笑う。


「さて、一仕事ひとしごと終わったことだし、飯でも食いに行くか? この時間なら、ギリで店開いてるだろ」


 ルイスは、をティトに渡すと繁華街に向かって歩き始めた。


「はい!」


 ティトは嬉しそうに返事をすると、ルイスを追う。


「東門の近くにあるあの店、何て言いましたっけ? 美味しい焼き魚の店。あそこの焼き魚が食べたいです」


秋刀魚の尻尾亭ソーリィテイルか。いいなそれ。今日は秋刀魚さんまの塩焼きだな」


「はい。そう、秋刀魚さんまの塩焼です」

「いや、店の名前は、秋刀魚の尻尾亭ソーリィテイルな」


 ルイスは苦笑すると、東門に向かうために左の路地へと進路を変えた。




「怪盗ナバーロ様ですな?」


 路地を曲がろうとした瞬間、すぐそばで囁きが聞こえた。

 ハッとして振り返る。

 そこには、初老の男性が壁を背にして立っていた。さっきこんな奴居ただろうかと、ルイスは首をかしげる。


 白髪交じりの髪を後ろに撫でつけて、白いシャツにびしっとした黒の上下を身につけている。

 黒のネクタイに黒い靴。そして白の手袋。その格好から老執事を思い起こさせる。

 その立ち姿は隙が無い。


「きさまは?」


 ルイスは、ティトを後ろに庇うように男性の前に立った。


「これはこれは、不躾にすみませんでした」


 その男性は、とても丁寧に、慇懃に右手を左胸にあてて、深々と頭を下げた。


「私は、シュテルナー公爵のもとで執事をさせて頂いております、と申します」

「公爵だと!?」


 ルイスの眉が跳ね上がる。

 敵意をむき出しにして、ハウレスを睨む。

 そして、ティトを後ろに押しやり、腰の短剣に手をかけた。


「おっと。そう警戒なさいますな。凄腕の怪盗であるナバーロ様に、少しお願いがありまして」


 ハウレスと名乗った初老の男性は、ルイスの敵意に眉一つ動かさずに、淡々とした口調でそう言った。


「ふんっ、貴族の頼みなんて聞けるかよ!」

「そうおっしゃらずに、お話だけでも」

「ダメだ。俺は貴族が嫌いだ。何度言われても、聞くつもりはない。お引き取り願おう」


 剣呑な目つきと口調で、ルイスはハウレスに取り付く島も与えない。


「さようですか。それでは仕方ありませんな」


 ハウレスは、小さく息を吐く。


「ふんっ。ティト、行くぞ」


 ルイスは、もう用はないと言わんばかりに踵を返すと、ずかずかと東門の方へと大股で歩いていく。


「待って、兄さん」


 慌ててティトは後を追った。


「放っておいていいんですか?」

「いいんだよ。あんな奴ら」

「そうですか?」


 ふと、ティトはハウレスの方に振り返った。


「あれ?」


 ティトは、少し不思議そうな顔をした後に首をかしげた。


「どうした?」

「いや、さっきの人、もう居なかったので」

「ん? ああ、ほんとだ」


 まだ、ほんの数歩しか離れていないのに、もう居ないというのは確かに早い気がする。ルイスも振り返って確認したが、既にハウレスの姿は見えなかった。


 興味無さそうに返したルイスだが、少しだけ首を傾げていた。

 路地の向こうに去ったのかもしれないが、ここで待ち伏せのようなことまでしていたのに、諦めが早過ぎると言うか、少し不自然な気がした。


「まあ、諦めて帰ったんだろう。それより、さっさと焼き魚、食いに行くぞ」

「そうですね。焼き魚、楽しみです」


 二人は気を取り直して秋刀魚の尻尾亭ソーリィテイルに向かった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 【お知らせとお願いです】


 ここまで読んで頂きありがとうございます。

 ルイスとティト、二人の華麗(?)な盗みの手口、如何でしたでしょうか?

 この後、二人はとある人達の目的に、無理やり巻き込まれていくことになります。

 次の回から、3話ほど魔女イーリスさんの話になります。

 イーリス好きなかた、必見です!


 ルイスやティトが好き!

 もっと盗みシーンが読みたい!

 アルとリリィを出せ!

 と思ってくださいましたら、

 ★評価やフォローを頂けると嬉しいです。


 この物語は、前作『ツインズソウル』の続きとなっております。

 前作を読まなくても楽しめるように書いているつもりですが、気になりましたら読んでみてください。

 https://kakuyomu.jp/works/16817330651061465621



 また、全部読むのはめんどくさいから、あらすじだけ教えて!

 という方は以下。前作『ツインズソウル』のあらすじと、主な登場人物を紹介しています。

 こちらを、見てみてください。

 https://kakuyomu.jp/works/16817330651061465621/episodes/16817330659743681557



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