第61話.アミーラ奪還作戦④

 レラのほうへと向かったルイスは、既に20人以上に囲まれていた。

 倒れて動けなくなっている者も数人、ルイスの足元に転がっている。死んではいない。ルイスの短剣にはティトが調合したが塗ってある。

 少量でも体内に入れば、成人男性であろうと数秒で麻痺してしまい最低でも1時間はまともに動くことが出来ないという優れものだ。


 十数人の兵士たちが入り乱れる中、ルイスは兵士達の間を駆けまわる。

 決して足を止めない。


 足を止めれば囲まれる。常に動き回ることで囲まれるのを防ぐ。相手の兵士たちは同士討ちを警戒してか、ばらばらとしか襲ってこない。


 ルイスに向かって振り降ろされる剣を避け、別の兵士の影へと移動する。

 ついでに浅く斬りつけ次の兵士へと向かう。

 次々と襲い掛かってくる兵士の脇をすり抜け、股下をくぐり、すれ違いざまに短剣で浅く斬りつける。

 斬りつけた相手は、数秒後にドサッと音を立てて床に倒れた。の効果だろう。


 だが、いくら倒しても次から次へと兵士が前に立ちふさがる。


「くそっ、きりがねぇな」


 そうぼやくルイスだが、狙い通りでもある。

 自分に向かってくる兵士が多ければ多いほどティトが楽になるはずだ。ティトの実力を疑っているわけではないが、ティトに向かう兵士が少ないに越したことはない。


 ルイスは、チラッとティトのほうへと視線を向けた。




 ティトもまだ10人近い兵士に囲まれていた。倒れている兵士も数人いるところを見ると、ティトも上手くやっているのだろう。


 だが、アミーラを背後に庇っていることもある、ルイスの様に激しく動くわけにはいかない。だからこそ、囲まれやすい。

 兵士たちは言葉を発することなく、しかし息のあった動きで一斉にティトに斬りかかって来た。


「させません!」


 ティトはそう言うと、槍の石突いしづきを床に突き立てる。そして、ありったけの魔力を槍へと注いだ。

 石突を突き立てた床を起点に、パキパキと音を立てながら床を氷が覆っていく。そして、兵士の足に氷が触れるなり、その足を床に縫い付け膝下ひざした辺りまでを氷漬こおりづけにする。



 氷は、次々に兵士をとらえ彼らの動きを奪っていく。

 無事だったのは、出遅れた3人の兵士だけだった。


「動かない方がいい。無理に動くと、足がもげますよ」


 虚ろな目の兵士たちからは、ティトの言葉がどこまで届いているかうかがい知ることは出来なかったが、それでも兵士たちの動きが一時的に止まった。

 ティトは、アミーラを連れて壁際まで後退する。

 壁を背にすることで、後ろからアミーラを狙われる心配は無くなった。




「やるじゃねぇか。俺も、負けてられねぇな」


 ルイスは、口の端をあげると目の前の兵士に向かう。


 左右から、同時に斬りかかってきた兵士の剣を前に出ながら躱し、前方の敵へと接近する。慌てて剣を振ってくるそれに短剣を合わせながら左に受け流し、返す短剣でその兵士の脇腹を軽く払う。

 痛みに顔をしかめる兵士。


 左から向かってくる兵士のほうへと、脇腹を斬った兵士を突き飛ばして進行を妨害する。そして、ルイス自身は右へと転身した。


 大振りの横薙ぎの一撃を背を低くして躱しながら、そのまま前に出てすれ違いざまに兵士の腹を浅く薙ぐ。

 その先にいる兵士の足を払って倒すと、ルイスは再びレラのほうを目指した。

 まだ、レラのところまでは距離がある。



 前に出ようとしたルイスを、左右と前方の三方向から兵士が迫る。

 ルイスはまっすぐにその中央へと向かい、直前で直角に右に跳んだ。そのスピードは先ほどまでより早い。

 前方と右の兵士には、ルイスが消えたように見えたかもしれない。

 ルイスは右の兵士のさらに右にまで回り込むと、右足を踏ん張り左へと方向を変え、先ほど右にいた兵士の斜め後ろに肩からぶつかった。

 そのせいで兵士はバランスを崩し、残り二人の兵士を巻き込みながら床に倒れ込む。



 これで、レラまでの間に立ちはだかる兵士はあと1枚。



 ルイスはもう一度レラに向けて足を踏み出した。


 その時、レラの目の前に十個ほどの火球が出現した。瞬間、レラと目が合う。レラは妖艶な流し目をルイスに送った。


 ルイスの背中に悪寒が走る。

 直後、レラの前にあった火球が、ルイス目掛けて高速で射出される。


「はあああぁああああ!」


 ルイスの気合に呼応するように両手の短剣から炎があがる。そして、飛来する火球に向かうべく床を蹴った。

 ルイスは飛んでくる火球に向かって短剣を振る。

 短剣に斬られた火球は、爆発することなく霧散する。ほとんどの火球をその短剣で斬り捨て、残りは体を捻って躱す。


 火球のうちの1つは、ルイスの前面にいた哀れな兵士に直撃した。

 背中を焼かれた兵士は、叫び声をあげて膝をつく。その兵士を置き去りにして、今度こそルイスはレラへと迫るべく地を蹴った。



 ルイスは階段を登りながらさらに加速する。遮るものはもういない。


「もらった!」


 叫びながら、レラの首に短剣を突き刺そうと繰り出した。


 届いたとそう思った瞬間、ルイスは目に見えない壁のようなものに弾き飛ばされた。そのまま、階段の下まで転げ落ちる。


「やるじゃない。子猫ちゃん。私を殺せると思った? でも、無駄なのよ」

「くっ」


 レラは椅子から立ち上がると、ルイスを見下ろしながら、妖艶な笑みを浮かべる。

 そして、その目が冷たく細められた。

 レラの表情から、笑みが消えた。


「それにしても、なんてだらしないのかしら。たかが獣人風情けものふぜいにここまでされるなんて。もう、いいわ。ここまでね」


 レラの口調と気配が変わった。

 同時にバサリという音がして、レラの背中に一対の黒い翼が広がる。カラスの羽よりもなお黒い漆黒の翼。

 ドレスの黒とも相まって、禍々しくも美しい。


 レラが漆黒の翼を大きく広げる。

 それと同時に、あの不快な甘ったるい匂いが濃くなり、レラの周辺から黒い靄のようなものが広がった。


 その直後、兵士たちに異変が生じる。


「がああぁああああああ」

「うぅぅぅわあああああ」


 広間にいた兵士たちが同時に苦しみだした。いや、兵士だけでない。レラの隣に控えていたシュテルナー公爵も同じように苦しみだす。

 全員が頭をかかえ、苦しそうに叫び声をあげた。

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