第60話.アミーラ奪還作戦③

 アミーラはルイスに体を預けたまま、小さく震えている。

 小さな声で嗚咽おえつを漏らしながら涙を流しているアミーラの背中に、ルイスはそっと手を回して優しく撫でる。


「あらぁ、見せつけてくれるわねぇ」


 レラの甘ったるい声に、少しだけ苛立ちが混ざっていた。


「ティト、縄を。それからアミーラを頼む」


 ルイスはレラから目を逸らさず睨みつけながらティトを呼んだ。ティトは黙ってルイスのそばによるとアミーラを引き受けて、彼女を縛るロープをほどきにかかる。

 ロープは固く結ばれていて苦戦したが、なんとかほどくことに成功した。

 ロープと格闘しながらも、状況はアルフレッドに伝えてある。アミーラを確保できたからには、アルフレッドやリカード達がいずれここまで乗り込んでくるだろう。


 それまで三人で生き残れば、後はリカード達がなんとかしてくれるはずだ。

 ルイスもティトも不思議とそれは信じられた。


「アミーラ。大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」


 ティトが聞くとアミーラは首を振った。


「うん。ありがとう。私は大丈夫」


 見た限りではアミーラに外傷などは無かったが、アミーラ自身からそれを聞くと安心する。


「もう少ししたら、たぶん助けが来ます」


 そっとアミーラに耳打ちした。それはとても小さな声だったが、なぜかレラに気付かれたようだ。


「あらぁ、ないしょ話ぃ? わたしを仲間はずれにしないでよぉ」


 ティトはぎくりとした。絶対に聞こえないと思ったのだ。

 ルイスも背中に冷たい汗が流れる。


「いや、わりぃ。俺達も目的は果たしたから、そろそろ帰らしてもらうぜ」


 ルイスはレラを見据えながら、右手でティトに下がるように合図を送る。ティトは、アミーラを連れてゆっくりと入り口の方へと後ずさる。


「そんなぁ。つれないわねぇ」


 レラは、わざわざをつくって、手を目元に持ってきて泣きまねをする。本気で泣いていないことは一目瞭然だ。

 その間にルイスも少しずつ後ろに下がる。


「でも、ダメよぉ。逃がさないわ。おまえたち、この三人を捕えなさい」


 レラの声に壁際に整列していた兵士たちが一斉に動き出す。広間の出入り口からも、数人の兵士がなだれ込んできた。


「ティト、武器だ」

「はい」


 ルイスの声にティトは、すぐさま反応した。

 そのティトの目の前に、突然2本の紅い短剣が出現する。ティトはそれに手を伸ばして掴むとルイスのほうへと投げた。


「便利だな。その収納庫ランジュールってやつは」


 ルイスは自分の武器を受け取って素早く腰に装着する。そして、ティトのほうへと一瞬視線を向けた。

 ティトはと言えば、自分も青白く輝く1本の槍を取りだしていた。その槍の長さは、ティトの愛用する長距離射撃用魔銃アキュラスとほぼ同じくらいだ。


「これ、あんまり得意じゃないんですけどね」


 ティトはそう言いながら、槍を手に取ってアミーラを後ろに庇うように構えた。


「ティト、無理すんじゃねぇぞ。アミーラと生き残ることだけを考えろ。そうすれば、絶対あいつが来てくれる」


 ティトは、ハッとしてルイスの顔を見た。


「はい!」


 ティトが嬉しそうに返事をすると、ルイスが大きく頷いた。


「さて、いっちょ暴れてやるか」


 その言葉を皮切りに、周囲の兵士たちが一斉にルイスに殺到した。


「悪いが今日は手加減できねぇぞ」


 そう言ってルイスは短剣を握る手に力を込めると地を蹴った。狙うのはレラの首。ルイスは敵の注意を引くために、まっすぐにレラを目指す。

 周囲にいた兵士たちが次々とルイスへと向かう。

 相変わらず生気の無い目だが、その動きには遜色はなく、的確にルイスへと攻撃を加えていく。


 さすがに直接レラのもとまではたどり着けない。

 ルイスは、斬りかかってくる兵士たちの相手をする。


 先頭の兵士の剣を右手の短剣で受ける。そして、そのまま刃をすべらせながら上に跳ね上げた。開いた脇腹を浅く斬りつけると、次の兵士へと向かう。

 次に上段からの大振りを左に体を振って躱すと、右手の短剣でその兵士の腕を斬りつける。


 さらに左から来た兵士の横薙ぎを倒れ込みながら躱して、そのままその兵士の足を短剣で払った。兵士は足を斬られ、その場にうずくまる。


 右から来た兵士の一撃を転がりながら躱し、右手の短剣を投げた。

 短剣は、兵士の左ももに深々と突き刺さる。ルイスは引き返すようにその兵士に近づくと、右回し蹴りで兵士の顔面を蹴り飛ばして意識を奪った後、左ももに刺さった短剣を回収する。


 息つく暇もなく、後ろからの横薙ぎの一撃に、振り向きながら短剣を合わせて跳ね上げると、そのまま一回転して後ろ回し蹴りを叩き込む。


 レラを狙ったルイスの行動がこうそうして、ほとんどの兵はルイスに向かっているようだ。だが、それでも数人はティトとアミーラへと向かって行ってしまった。


 さすがに助けに行く余裕は無い。

 ルイスはティトを信じて、再びレラのほうへと視線を向けた。



 ティトはアミーラを背に庇いながら、出入り口から群がってくる兵士達と対峙する。


 槍の長さを警戒して遠巻きに半包囲を敷く兵士たち。

 だが、睨み合いは長くは続かなかった。



 前の方にいた兵士が二人、左右から斬りかかって来る。ティトは下から槍を跳ね上げ、右から来た兵士の剣を飛ばす。

 跳ね飛ばされた剣は、勢いよく天井に突き刺さった。


 ティトは一瞬で槍を戻すと、今度は左から来ている兵士に槍の石突を突き出す。剣を上段に構えていた兵士のがら空きの腹へと、石突は突き刺さった。

 皮鎧に守られていても、衝撃までは殺せない。

 兵士は、その衝撃に後ろへ吹き飛ばされ、後方の兵士を巻き込みながら壁際まで飛ばされた。

 さらに剣を失って呆然とする兵士に右回し蹴りを放つ。

 それは、綺麗に兵士の顎にヒットすると、その兵士の意識を刈り取った。


「いつも兄さんばかり目立ってますが、僕だって戦えるんです」


 ティトは、くるりと槍を一回転させて構えなおし、半包囲する兵士たちを睥睨へいげいした。 

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