怪盗ナバーロともう一つの封魂結晶
第39話.脱走①
あれから約半日。
ルイスとティトは、ヴァイスマン侯爵家の一室に軟禁されていた。
部屋に窓は無い。
代わりと言うわけではないが、トイレや簡易的な洗面台、それから風呂までが備え付けられている。
そして、唯一の出入り口は固く閉ざされ、外側から鍵が掛けられていた。
あの後、形としてはアルフレッド達にリカードの元まで連行されてきた。
リカードにも会ったが、尋問というよりは、主にアミーラのことやシュテルナー公爵のことを聞かれただけだった。
特に隠す必要もなかったから、素直に知っていることは話た。
そして、リカードとの話が終わった後に、この部屋へと通され、今に至る。
「あー、くそっ。聞かれたことは全部話したんだ。早く解放してくれねぇかな」
そう言ったあと、ルイスは苛立ちを隠そうともせず、唯一の出入り口である扉を思いっきり蹴り飛ばした。
だが、ルイスの渾身の一撃でも扉はびくともしない。
「アルがリカードさんに掛け合ってくれているはずです。きっと、もう少し待てば解放されますよ」
「どうだろうな。アルフレッドもリカードも、くそ貴族のうちの一人だ。俺は信じねぇよ」
「もう、兄さんは頑固なんだから。アルは大丈夫だと思いますけどね。貴族にもいい人はいると思いますよ」
不機嫌のままのルイスの態度にティトは、いちおうの反論を試みる。
「ふんっ、そうやって信じて
「はぁ……そうでしたね」
それでも考えを変えないルイスに、ティトは観念して深いため息をついた。
「まあいいか。それより、そろそろ行くか?」
そう言って、ルイスは部屋に一つだけあるテーブルへと向かうと、テーブルを挟んで向かい合うように置かれた椅子の一つに腰をおろした。
「行くって、どこにですか?」
「決まってるだろう。イーリスとやらの研究施設だよ。そこにあるんだろう? もう一つの
「えっ、でもドアに鍵がかかってます」
「ふんっ、俺たちは、怪盗ナバーロだぜ。俺たちらしく行こうじゃないか」
「脱走、ですか?」
「その方が、俺たちらしいだろう?」
そう言うと、ルイスはテーブルのうえにポケットの中身や、バングルの裏に隠した道具をぶちまけた。
「ティト、お前が持っているものも全部出せ」
「あっ、はい」
ティトは言われるままに、持っている物をルイスの前に広げた。
「おう、けっこう持ってるじゃないか。いいな」
ルイスはテーブルの上に広げられた、二人分の道具を見てニヤリと口の端をあげた。
テーブルの上には、ピッキング道具が2セット。それから、指先ほどの小さなナイフが3本。フック付きのワイヤーが2本。
アラクネの糸が2つ。何かの粉末が入った小瓶が2本に、
さらに、いろんな色の銃弾が合計20発以上。そして、小さな鉄の玉がいくつも入った袋が一つ。
「武器になるものは無さそうだが、これだけあれば余裕だな。しかし、ファンガスの眠り粉が無いのか。あれが無いとちょっと面倒だな」
「そうですね。見張りを傷つけたくはないですし、ちょっと作ってみましょうか?」
「出来るのか?」
ティトは頷くと、たくさんある銃弾の中から黄色いラインが入ったものを一つ手に取った。
「おっと、その前に万が一にも吸い込んでしまわないように簡易マスクを作りましょうか」
そう言うと、ティトは小型ナイフを手に取ってベッドの方へと向かう。
そこで真新しいシーツを切り裂いてハンドタオルほどの大きさの布を2枚切り出した。
そのうち一枚をルイスに渡す。
「念のため、これで鼻と口を覆っておいてください」
そう言いながらティトは自分も、鼻と口を布で覆うと、ルイスの向かいの椅子に座った。
そして、先ほど手に取った黄色いラインのある銃弾を摘まみ上げた。
同時に、テーブル中央にあるピッキング道具のセットを自分の方へと引き寄せる。
ティトは、ピッキング道具を手に取ると慎重に銃弾の
次にティトは
弾頭の先端部分にナイフをあてて削り取る。金属の
少し削ると弾頭の先端に小さな穴が空いた。
ティトは、弾頭を傾けて、その中にあるものを、もう一つの空の小瓶に
注がれたのは、黄色の粉だ。
「ファンガスの眠り粉。そんなところにも入っていたんだな」
「はい。まだ試作段階ですけどね。催眠弾、なかなかできませんね。着弾と同時にファンガスの眠り粉をまき散らしたいんですけど、上手く
「ふっ、また便利そうなもの作っているんだな」
ルイスは、ふっと口元を嬉しそうに緩めた。
「だけど、その話は後にしてくれ。今は、ここから早く抜け出したい」
「あっ、はい。そうでした。まだ少し量が
ティトは、もう一つ黄色のラインのついた銃弾を手に取ると、先ほどと同じ手順で分解し、黄色い粉を取りだす。
「よし、これくらいあれば大丈夫でしょう。後はスプレーが無いので、代わりにこれを使います」
そう言って取り出したのは先ほどシーツを切った時に、ついでにクッションを
「この綿に、ファンガスの眠り粉を含ませて、相手の鼻先でぽふっとすれば、スプレーの代わりにはなると思います」
「上等だ。それで行くか」
ルイスは、ティトからファンガスの眠り粉の入った瓶と綿を受け取ると立ち上がった。
ついでに、テーブルに広げた、いくつかの道具のうち、必要な物を選んでポケットに詰め込む。
「あの、兄さん。やっぱりアルを待つわけにはいきませんか?」
「あいつは信用できそうな気もするけどな。でもダメだティト。諦めろ」
「
ティトは一瞬だけ寂しそうな目をした後に、何かを振り切るように首を振るとルイスに続いて立ち上がった。
そんなティトに頷いてから、ルイスは扉に耳をあてて外の気配を探る。
「外の気配は一人だけだな」
しばらくして、ルイスは扉から離れてティトのそばに来ると声を落とす。
「ティトは、鍵を頼む。鍵が開いたら、俺が見張りを眠らせる。その後は、まあ成り行き次第だな」
「はい」
ティトは真剣な顔で頷くと、ピッキング道具を取りだした。
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