第38話.もう一つの封魂結晶②

「ねぇ、アル。ちょっと話は変わるんだけど、アミーラって子を助けるためには、封魂結晶アニマ・クリュスが必要なのよね? もしかしたら、これ以外にも封魂結晶アニマ・クリュスがあるかもしれないわよ」


 気まずい沈黙の中、今まで黙って成り行きを見守っていたリリアーナが、おそるおそるといった様子で口を開いた。

 その言葉に、残りの三人の視線が集中する。


「リリィ。どういうことだい?」


 三人を代表するようにアルフレッドが訊ねた。


「この中には、どういうわけか元の持ち主、イーリスの記憶が残っているみたいなの。カティと離された時、一人になってこの中に閉じ込められた時にイーリスの記憶の断片が見えたの」

「イーリスっていうのは?」


 リリアーナは、胸元に光る封魂結晶アニマ・クリュスを指で触りながらそう説明した。それを受けてルイスが疑問を口にする。


封魂結晶アニマ・クリュスを創った旧魔法文明時代の頃に活躍した魔導具師だよ」

「アル、それって、あの魔女イーリスのことですか?」


 アルフレッドの答えに食いついたのはティトのほうだった。


「うん、その魔女イーリスだね」

「わー、すごいです。封魂結晶アニマ・クリュスってイーリスの魔法道具だったんですね」


 ティトが目をまるくして驚くと、興奮した顔で、リリアーナの胸元にある封魂結晶アニマ・クリュスに熱い視線を送った。


「ティト。じっくり見過ぎ」


 アルフレッドが言うと、ティトはハッとして視線を逸らした。その顔は、ほんの少しだけ紅潮していた。


「なあ、そのイーリスってのは有名なのか?」

「兄さん、有名なんてもんじゃありませんよ。旧魔法文明時代末期に活躍した最高の魔導具師で、数々の強力な魔法道具を発明したと言われています。稀に発掘される彼女の魔法道具は、信じられないくらいの高値で売買されているらしいです」


 ルイスがよく分からんというふうに聞くと、ティトが身を乗り出すようにして説明する。


「なるほどな。それだけ高価なものだから、シュテルナー公爵が欲しているのか?」

「それは分かりませんが、価値が高いというのは間違いありません」


「それで、リリィ。そのイーリスの記憶の断片に、封魂結晶アニマ・クリュスのことが残っていたのか?」


 話が大幅に逸れてしまいそうだったので、アルフレッドが強引に戻した。


「うん。そうなの。イーリスの記憶の中に、予備の封魂結晶アニマ・クリュスの記憶があって、それがここから馬で3日くらいのところにあるイーリスの古い研究施設に残されているみたいなの」

「ほんとうか?」

「ほんとうですか?」


 アルフレッドとティトが同時に声をあげてリリアーナに詰め寄った。


「う、うん。ロレーヌ川を遡っていくとペスカーレ湖に出るでしょ? たぶん、あの湖の近くだと思うよ。でも何百年も前の施設だから、まだ残っているか分からないけど」


 リリアーナがそう言うと、アルフレッドとティトは顔を見合わせた。


「あの辺りで旧魔法文明時代の遺跡が見つかったって話は聞いたことないな」

「そうですね。僕も知りません。それに、その付近でイーリスの魔法道具が発掘されたという話も聞いたことがありません」

「じゃあ、まだ残っている可能性は」

「充分にありますね」


「そういうことなら、早くリカード様に解放してもらって、もう一つの封魂結晶アニマ・クリュスを取りに行こう」

「はい!」


 そう言って、アルフレッドとティトは嬉しそうにお互いの拳を打ち合わせた。


「リリィ、その研究施設の場所なんだけどもう少し詳しく分かるかい?」


 ペスカーレ湖と言っても、かなり大きな湖だ。

 その面積は、フォートミズの街よりも広い。その広大な範囲を探すのはさすがに無理がある。何か目印か、もしくはだいたいの位置が分からなければ、見つけ出せないだろう。




 その後、リリアーナは、必死に思い出したり、封魂結晶アニマ・クリュスの中に戻ったりして、なんとか研究施設の位置を導き出した。


 ペスカーレ湖からロレーヌ川へと続く川の源流。

 そこから東に進むと切り立った崖がある。その崖の中腹にある大きな横穴。その奥にイーリスの研究施設へと続く入り口が隠されているという。


「ティト。これだけ分かっていれば、見つけられそうだな」

「はい。ありがとうございます。アル、それにリリアーナさんも」


 ティトは嬉しそうに、顔を緩めた。


「よし、それでは早くリカード様という人に許してもらって、イーリスの研究施設を探しに行きましょう。ね、兄さん」

「あ、ああ」


 ルイスは、ずっと腕を組んで3人の様子を見ていたが、ティトに水を向けられると、気の無い返事を返した。

 それでも、まだ何か考えているようで腕を組んだままだ。


「ティト、僕たちにも手伝わせてくれ。イーリスの施設なら罠やガーディアンが配置されているかもしれないし、人数は多い方がいいだろう?」

「ありがとうございます。アル」


 ティトは目を輝かせて、もう一度アルフレッドと拳を打ち合わせた。

 封魂結晶アニマ・クリュスの目途が立ちそうだということと、かの有名な魔女イーリスの研究施設を探索できるかもしれないという期待に、ティトは興奮を隠せないでいた。

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