第13話.シュテルナー公爵②

 夜更け過ぎ、ルイスとティトの二人はシュテルナー公爵の屋敷のすぐそばに居た。


 建物の影に隠れて屋敷の門を観察する。

 正門までの距離は30メートル。深夜なので、当然のように門は閉まっている。

 警備兵はおそらく四人。


「警備兵、少ないですね」

「まあこんなもんじゃねぇか? いつもは予告しているから多いんだよ」


 怪盗ナバーロとして盗みに入る時は、犯行予告をすることが多い。


 憎い貴族に、最大限警戒させたうえで、彼らの鼻を明かしてやりたいという思いも強いのだが、それだけが理由ではない。


 実は、警備を増やされた方が潜入しやすくなるのだ。通常よりも警備を増強しようとすると、どうしても新たに雇ったり普段別のことをしている兵を招集することになる。


 そしてそれは隙を生むことに繋がる。

 特に、変装を得意としているルイスにとっては都合がいいのだ。


 それ以外にも、予告をすることで狙っている宝がどこにあるかが分かることがある。


 予告されれば、その宝があるかを確認したくなるというものだ。または、お宝周辺の警備を厳重にしたくなる。


 その行動こそが、お宝の場所を教えてくれのだ。



 だが、今回は予告はしない。

 理由は、アミーラを連れ出さなければならないからだ。

 彼女を連れて逃げる時、警備が多ければ、それだけ彼女に危険が及ぶ。

 それを嫌ったのだ。


「正門がこの程度ってことは、他はスカスカだろう。少し門から離れるぞ」


 ルイスはそう言うと、屋敷から距離を取りながら、門の無い方へと回り込んだ。


 そこから外壁を観察する。

 外壁付近には遮蔽物しゃへいぶつになるようなものはない。だから、兵が配置されていれば、近づいただけでも見つかってしまう可能性が高い。


 だが、警備兵は配置されていなかった。

 巡回の兵すら居ない。それどころか、篝火かがりびさえ焚かれていなかった。


「これなら、簡単に侵入できそうだな」


 ルイスとティトは顔を見合わせて頷き合う。

 そして、左右を確認しもう一度人気ひとけが無いことを確認すると、二人は外壁に向かって走った。


 外壁の高さは6メートルほどだ。

 ルイスはフック付きの細いロープを取り出すと、フックを外壁の上に向かって投げる。

 特殊な材質で出来ているのか、ほとんど音を立てずにフックが外壁の角に引っかかった。


 二三度引っ張って強度を確認すると、ティトに視線で合図を送り、先に登る。

 ルイスが登りきるのと、ほぼ同時にティトもロープに手をかけた。


 ルイスは外壁のうえで、素早く視線を走らせて敷地内を確認する。主要な建物の位置は外壁越しにも見えていたので、今は背の低い建物と、目的の建物までのルートを確認した。


 最初に行くのは一番大きな建物。

 つまり本館にあたる建物だ。

 アミーラがどこに捕えられているのかは分からないが、本館に行けば何か分かるかもしれない。


 ティトが登って来たところで、ルイスは外壁の内側へと飛び降りた。

 膝のばねを上手く使って衝撃を吸収し、ほとんど音をたてずに着地する。


 ティトは、フック付きロープを回収すると、すぐにルイスの後を追う。ティトの方も音を立てずに着地した。

 さすがは猫獣人みゃうといったところか。


 二人は、影の濃い場所を伝って、敷地内を疾走する。


 さすがに警備兵が全くいないわけではなく、要所要所に立っている。

 だが、眠そうにあくびを嚙み殺しながら、隣の兵士と談笑しているとこをを見ると、あまり機能していないようだ。


 そんな警備兵たちが闇の中を音も立てず疾駆する二人を見つけられるはずもなく、二人はほどなくして本館の裏手へと到着した。


 本館の裏手にある出入口 ――おそらく使用人の通用口だろう―― を見つけるとルイスは、扉に耳を当てて中の気配を探る。


 中に気配は無さそうだ。

 ルイスは扉に鍵がかかっているのを確認すると、ティトへと視線を送る。


 ルイスと入れ代わるように扉に取り付いたティトは、左手にはめたバングルの内側からピッキング道具を取り出した。

 いくつかある小さな金属の棒から、二つを選んで鍵穴へと差し込む。


 ほんの数秒で、カチリと音がする。


 そして、そっと扉を開けると、二人は屋敷の中へと身体を滑り込ませた。


 妙に甘ったるい匂いが二人の鼻孔にまとわりつく。


 何の匂いだ?

 ルイスは顔をしかめて、辺りを見回すが、どこから匂うのか分からなかった。


 代わりに、奥へと続く通路が目に入った。

 

 明かりは無いが、猫獣人みゃうである彼らは、夜目が効く。暗いその通路でも、充分な視界は確保できていた。


 廊下の左右には等間隔に扉が並んでいる。その扉の間隔からして、かなり小さな部屋だろう。


 使用人たちの居住区だろうか。

 そのうち一つの扉から、少しだけ明かりが漏れていた。

 



 

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