第49話.イーリスの遺跡⑨

 いっぽうティトのほうも、慎重に部屋の中を観察していく。

 ティトが向かった右側には、大がかりな装置のようなものが多かった。壊れているように見える装置も多いが、いくつかはまだ動きそうだった。


 ティトは、そのうちの一つ、動きそうな装置の中でも一番大きなものの前に立っていた。


「これは、何に使うんでしょう?」


 首を傾げながらそれを見上げる。

 それは1メートル四方の金属の台座の上に、透明な素材で出来た円筒形の容器を乗せたような形をしていて、その容器の中は澄んだ青い液体で満たされていた。

 容器の高さは2メートルほどあり、ティトよりも高い。

 ときおり、こぽこぽという小さな音とともに、気泡きほうのようなものが青い液体の中をのぼっていく。


「中に何か入れて使うのでしょうか? こんな装置、見たことありませんね。興味は尽きませんが……」


 そう独り言ちると、まだ気になるのか、ちらちらと巨大な装置を振り返りながらも、それに背を向ける。


 装置のすぐ奥には、直径2メートルほどもある大きな魔法陣が床に描かれていて、何百年も前に、そこで魔法的儀式が行われたことが思い起こされる。


 魔法陣に所せましと描かれた魔術式をじっくりと解読したいという衝動を抑えながらティトはさらに奥へと向かった。


 次にティトが見つけたのは、クローゼットのようなところにかけられた一着のフード付きのローブだった。

 ダークブラウンのそのローブは、埃こそ被っていたものの、しっかりと形を保っていた。穴だらけで場合によっては完全にぼろぼろになっている他の服と比較しても、明らかにそのローブだけが違っている。

 背の高いティトには少し小さい気がするが、ルイスにはちょうどサイズが合いそうだった。


「これも魔法道具かな? しかし、これだけ嵩張かさばるものだと、今は持ち帰るわけにはいきませんね」


 ティトはそう言うと、後ろ髪を引かれる思いで、それを諦める。


 そして、ついに部屋の一番奥までやってきた。

 そこには、明らかに他とは違うつくりの棚が設置されていた。しかも、棚自体が錆びも無く風化していない。

 不思議なことに、そこだけ時が止まったように、塵や埃も積もっていなかった。


 その棚には、いくつかの魔法道具らしきものが並べられていた。

 当然の様に、それらにも埃はついていない。

 その中央に、ティトは目的の物を見つけた。


 ペンダントトップに、紅い宝石を称えた首飾り。

 それは、一度はルイスがリリアーナから奪い取った封魂結晶アニマ・クリュスと、まったく同じ形をしていた。


「兄さん、ありました。封魂結晶アニマ・クリュスです!」


 兄ルイスを呼ぶティトの声は弾んでいた。尻尾も心なしか嬉しそうに上を向いている。


「確かに封魂結晶アニマ・クリュスだな」

「はい。アルが言った通りです。ちゃんとありましたね!」


 ティトは自慢げに胸を反らした。


「まあな。あいつは、少しは信用してやってもいいかもしれない」

「でしょでしょ?」

「ふんっ、それでも貴族なのは変わりねぇよ」


 声を弾ませるティトに釘を刺すように、ルイスは少しだけ不機嫌そうに振舞って見せる。だが、ティトはそれでも嬉しそうだった。


「まあいい。そんなことより封魂結晶アニマ・クリュスも手に入ったことだし、行くか?」


 ルイスは慎重に封魂結晶アニマ・クリュスに手を伸ばす。


「兄さん、待って!!」


 ティトの静止にルイスは、寸前のところで手を止めた。


「どうした?」

「アルから聞いたのですが、不用意に触ると魂を封印される危険があるらしいんです」

「なんだと!?」

「だから、こうして魔力を通さない特殊な布で包んで持ち帰ります」


 そう言って、ティトは懐から取りだした布で、慎重に封魂結晶アニマ・クリュスを包む。


「なかなか物騒ぶっそうな代物だったんだな?」

「はい。リリアーナさんと、カテリーナさんが一つの体を共有しているのも、元はと言えばこの封魂結晶アニマ・クリュスにカテリーナさんの魂が封じられてしまったのが原因らしいです」

「そういうことか」


 ルイスは、ティトから布に包まれた封魂結晶アニマ・クリュスを受け取ると、ポケットにしまいながら頷いた。


「よし、行くか」

「あっ、他の魔法道具も……」


 そこでティトの目は、棚に並ぶ魔法道具の一つに釘付けになった。それは独特な鈍い光を放つ銀色の腕輪ブレスレット。一見すると何の変哲もない腕輪ブレスレットだが、魔法道具特有の光と、表面にびっしりと描かれた紋様のような魔術式が、高位の魔法道具であることを物語っていた。

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