第48話.イーリスの遺跡⑧

 ルイスが取りだした手袋を見て、ティトも同じように鞄から手袋を取りだした。

 ティトが創ったという名の魔法道具。

 これを使えば、凹凸おうとつの無いツルツルの壁や天井でも、ヤモリのように張りつくことが出来る。少し魔力操作が難しい魔法道具ではあるが、二人にとってはなじみのある道具だ。


「しかし、このは便利だよな。なんの取っ掛かりも無い壁でも張り付ける」


 バジリスクというのは、迷宮に生息する魔物の一種だ。蛇と蜥蜴とかげ中間ちゅうかんのような姿をしていて、頭から尻尾まで薄緑色の蛍光色の羽毛に包まれている。

 魔物の中では、かなり危険度の高いものとしてランクづけられていて、その理由は、強い毒を持っていることと視線で石化の呪いをかけてくるところだ。

 だが、バジリスクにはもう一つ、地味な特徴があった。それが、壁や天井に張り付けることだった。

 どれだけ垂直で滑らかな壁でも、音も無く素早く這いまわる。

 大きなものでは、3メートルを超える巨体になるものもいるが、それでもその特性は変わらない。

 それに目をつけたティトが、そのバジリスクの手足の皮を使って作り出したのが、このと言う魔法道具だった。



 二人は、をはめると、取れない様に手首についているベルトをきつく締めた。


「先に行く」


 ルイスは短く言うと、をはめた左手を壁に置いた。

 その手は、まるで壁に吸い付いているように離れない。左手を維持したまま、右手をさらに向こうの壁へと伸ばす。

 右手も壁に吸い付く様に張り付いたルイスは両手で壁にぶら下がっている状態だ。


 そこから左右の手を交互に動かして、慎重に壁をつたって向こう側へと進んでいく。

 は魔力を流している間だけ張り付き効果が発揮される。そのため交互に魔力を流したり、止めたりしながら進んでいく。

 この魔力操作が意外に難しい。

 はじめて使った時は、両手同時に魔力を止めてしまって、何度か壁から落下したものだ。


 それも、今では慣れてきて本物のバジリスクほど早くは動けないが、スムーズに壁を登ることが出来る。


 ルイスが3メートルほど進んだところで、ティトも壁に張り付いた。


 その後、二人は何事も無く通路の先、ひらけている辺りまで行った。


 そこは、かなり広い部屋だった。

 少なくてもルイスとティトの家よりも、はるかに広い。10メートル四方はありそうだ。

 その広い部屋の中には、よく分からない装置や、棚やテーブルなどがいくつも置かれていて、全体的にごちゃっとした印象を受ける。

 棚やテーブルの上には数々の実験道具のようなものや、何かの材料みたいなものが無秩序に並べられていた。


「うわー。すごいですね。ここがイーリスの研究施設ですか? アルにも見せてあげたかったな」


 追いついてきたティトが、ルイスの隣に立って目をキラキラさせている。

 

「がらくたや風化して使えなくなってしまったものも多いみたいだけどな。さて、まずは、封魂結晶アニマ・クリュスを探すぞ」

「はい」

「ここまで来れば、おそらく罠など無いと思うが、油断するなよ」


 ルイスは、優しそうな視線をティトに向けた後に部屋の左側を、ティトは、そんな兄に頷いてから、部屋の右側を調べ始める。


 二人とも封魂結晶アニマ・クリュスの形は、はっきり覚えている。不思議な光を称えた紅い宝石。それを探して、部屋の中を探索する。


 錆びてボロボロになった金属製の棚には、何に使うか分からないような道具の残骸が並んでいた。

 残骸というのは、風化や錆びなどが激しく、既に原型を留めていないものが多いからだ。だが、そのおかげで、まだ使えそうなものの見分けは容易だった。


「おっ、これは使えそうだな」


 ルイスが手に取ったのは、革のさやに入った3本の投げナイフ。長さは10センチを少し超えるくらいのものだった。

 風化した周りの物と比較して、この投げナイフだけがしっかりした色艶いろつやを保っていた。

 こげ茶色の鞘の部分は、埃一つ被っておらず、磨かれたばかりの様に光沢を放っている。さらに、鞘からナイフを抜いてみると、銀色の刀身は不思議な白い光をまとっていた。



 ルイスはそのうちの1本を抜くと、刀身部分を指で挟み壁に向かって投げた。ナイフはガッという鈍い音をたて壁に突き刺さる。

 ここの壁に突き刺さるということは、なかなか頑丈で鋭い刃なのかもしれない。ルイスは満足して、壁に刺さったナイフを回収に行こうとしたが、目の前でナイフがフッと消えた。

 どこに行ったのだろうと探していると、なんと鞘に戻っていた。

 どうやら、自動で戻るような魔法が付与されているらしい。


「へぇ~、こいつは便利だな」


 ルイスは3本の投げナイフを腰のベルトに通す。ちょうど革の鞘にはベルト通しのようなものがついていて、簡単に装着できた。


「拾い物だな」


 ルイスは満足そうな笑みを浮かべて、腰につけた投げナイフを触って具合を確かめた。

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