怪盗ナバーロと空間を渡る魔族

第51話.きゃはっ!①

 ルイスとティトは、もと来た道を引き返す。

 幻影の床をでやり過ごし、あの無数の矢が飛び出る罠がある長い長い通路へと戻って来た。


 来るときは罠を警戒しながら歩いていたため、それほど気にならなかったが、改めて見るとその長さを思い知らされる。

 まっすぐに伸びた通路は、その先が見えないほどだ。優に1キロメートルはあるかもしれない。

 その長い通路に二人は足を踏み入れた。



 ほんの数十メートル歩いたところで、突然ルイスがティトの襟首えりくびを掴んで立ち止まる。


「何するんですか?」


 ティトは振り返って抗議の声をあげる。だが、ルイスは前方を睨むように見つめていた。その様子を見て、ティトも口をつぐむと通路の先に視線を送る。


「誰かいるな。それに死体が増えてやがる」


 声を落としてささやくように言うルイスの視線の先。まだ、かなり距離があるが矢の出る罠があったその向こうに人影らしきものが見える。

 それから、白骨死体があったすぐそばに何か黒いかたまりのようなものが落ちている。それは、人のように見えなくもなかった。



 ティトは、長距離射撃用魔銃アキュラスを取りだすと、備え付けの遠見筒スコープを覗き込む。

 その先には、亜麻色あまいろの髪の美しい女性が見えた。

 臙脂色えんじいろをしたワンショルダーのゆったりとしたトップスに、これまたゆったりとした黒のガウチョパンツというラフな格好で、およそこの場所には似つかわしくない。


 例の罠の上には、全身黒ずくめの恰好をした3人が、それぞれ身体じゅうに黒い矢を受けて血を流して倒れていた。

 

 

「女の人です。若くて綺麗な。ゆったりとしたラフな恰好をしていますが、どうしてこんなところにいるのでしょう。それから例の罠のところに死体が3つ増えています。こちらは、黒い司祭のような恰好ですね」


 遠見筒スコープを覗き込みながらティトが手短に報告する。


「外の洞窟に残っていた足跡の奴らだろうな」

「やっぱりそうですか。しかし、あの人たち敵でしょうか?」

「たぶんな。死体が3つもあるってことは、強引にあれを突破しようとしたんだろう。それに、奴らがここに入って来ることが出来たのは、俺たちが入るところを見たからだろう? 足跡の残りかたからしても奴らが入り口を見つけていたとは思えん」

「でも、どうやって?」


 ティトは遠見筒スコープから目を離しルイスの方を見る。


「ここに入った時、洞窟に蝙蝠こうもりを見たって言っていただろう。あれは使い魔みたいなものだったんじゃねぇか?」

「あの蝙蝠こうもりの目を通して、僕らが入るところを見ていたってことですか?」

「ああ」


 ルイスは静かに頷くと、顎に手をあてて通路の先を睨んだ。


「しかし、どうすっかな。あっちは罠の解除方法を知らないから、そう簡単にこっちまでは来られないだろうが、代わりに俺達も外に出られねぇ」


 ティトがもう一度、遠見筒スコープを覗き込む。その時、さっきの女性がこちらに視線を向けた気がした。

 遠見筒スコープ越しに目があった。そうティトが思った時、その女性は妖艶な表情で目を細め、真っ赤な舌でゆっくりと唇を舐めた。

 ティトは、尻尾の毛が逆立つような悪寒おかんを覚える。


「兄さん、見つかったかもしれません」


 ティトがそう言った瞬間、亜麻色の髪の女はティトの視界から消えた。


「えっ?」


 ティトは目を疑った。隠れる場所など無い一本道。見失うはずもないのに、それでもティトは女を見失った。

 慌てて遠見筒スコープを動かして女を探す。


「きゃはっ!」


 突然の声。

 その声は、ティトのすぐ後ろで聞こえた。慌てて振り向こうとしたティトは、背中に激しいねつを感じた。

 振り向いたティトの目に映ったのは、楽しそうにゆがむ真っ赤な唇と、血がしたた細剣さいけんの切っ先だった。


「ティトぉぉおお!!」


 ルイスが叫び、腰にさした二本の短剣を抜いて、その女へと肉薄する。だが、女は余裕の笑みを残しながら、バックステップでルイスの短剣をかわした。


「きゃはっ!」


 なおも追撃するルイスを嘲笑あざわらうかのような奇声。そして余裕の笑みを残して後ろに下がる。

 亜麻色の髪の女も早いが、ルイスのほうがわずかに早い。

 ルイスの振る短剣が、女に届くかと思われたその瞬間、女はじわりと空間に溶けるように姿を消した。


「なっ!? どこだ?」


 女を見失ったルイスは、直感で振り向いた。

 ティトのさらに向こう。いつのに移動したのか、女はそこにいた。そして、ティトに向かって炎の矢を放ったのが見えた。


「ティト! うしろだぁー」


 ルイスの声にティトが振り向こうと体を捻る。ルイスはティトの元へと全力で走った。

 だが、間に合わない。


「ぐあああああああ」


 女の放った炎の矢が、ティトに直撃した。しかも、さきほど女に斬られたその背中に。

 ティトの絶叫が、通路いっぱいに響き渡った。

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