第52話.きゃはっ!②

「くそっ、どうなってやがる」


 女の不可解な動きにルイスはすぐに動けないでいた。

 女を追ってティトから離れれば、そこを突かれる。スピードには自信があるルイスでも、女の瞬間移動としか思えない動きにどう対応していいか分からなかった。


 ルイスが迷っているその隙に、女はその前面に3本の炎の矢を出現させた。

 ルイスはティトを庇うように前へと出る。両手に持った2本の短剣があかい光を放った。

 短剣で炎の矢を叩き落すつもりのルイス。だが、女がパチンと指を鳴らすと、炎の矢はルイスの目の前でふっと消えた。


「あああぁあぁぁ」


 直後に聞こえるティトの叫び声。

 振り向いたルイスの目に映ったのは、またもや炎の矢で背中を焼かれるティトの姿だった。


「ティト!?」

「……僕なら大丈夫です。それより、兄さん。あの女を……」


 ティトは苦痛に顔を歪めて、荒い息をしながらも亜麻色の髪の女を睨みつけた。そして、せめて後ろからの攻撃を防ごうとって壁際へと移動し、その背を壁に預ける。


「……分かった!」


 ルイスは何か言いたそうに口を開きかけたが、ティトから目を逸らすと短剣を構えて女を見据える。


「きゃはっ! ねぇ、坊やたち。この奥で魔法道具を見つけなかった? それをぜーんぶ差し出せば、見逃しちゃうかも~。きゃははははっ」

「ふんっ、信じられねぇなぁ。どうせ、渡した後に殺すつもりだろ?」


 何がおもしろいのか、声をあげて笑う女に、ルイスは眉間に深い皺を刻みながらそう返した。


「きゃはっ、当ったり~!!」


 そう言うと、女は再び炎の矢を3本、目の前に並べた。

 その瞬間、ルイスは女目掛けてダッシュする。そして、一瞬で女との距離を詰める。しかし、女は炎の矢をルイスのほうへと飛ばし、ルイスから距離を取るように後ろへ飛んだ。


 ルイスは、勢いを殺さず体を捻って炎の矢を躱し、そのまま女を追いかける。

 女は後ろに下がりながら、再び炎の矢を展開。一本ずつ時間差でルイスに向けてとばす。


「くっ」


 ルイスは、それを躱しながら、確実に女との距離を詰めていく。

 そして、ついに女のそばまで到達したルイスは、女の首を狙って、右手の短剣を突き出した。


 とらえた!


 ルイスがそう思った瞬間、またもや女は空間に溶け込むように姿を消した。


 ハッとして、ルイスはすぐさまティトのほうへと引き返す。

 どこに行った?

 ルイスは走りながら女の姿を探した。


 いた。


 ティトのはるか向こう。

 30メートル以上の距離を置いた通路の先に現れた。


 女が炎の矢を前面に5本、ルイス目掛けて展開する。

 女の元を離れ、ルイス目掛けて飛来する炎の矢。

 矢がルイスに届く前に女の前面には新たな炎の矢が5本出現する。その矢もルイスに向かって放たれた。


 ルイスが女に向かって走る。

 迫り来る最初の5本の矢に対し、短剣で弾き飛ばそうと武器を構えた。


 またしても女が指を鳴らす。

 その瞬間に、ふっと10本の矢がルイスの視界から消える。


「兄さん、後ろです!」


 苦痛に耐えて絞り出したティトの声に、ルイスは咄嗟とっさに大きく横に跳んだ。

 そんなルイスの横を何本かの炎の矢が後ろから通り過ぎる。そのうちの一本がルイスの脇腹をかすめた。


「くそっ」


 痛みはあるが、動けないほどではない。

 少しでも女との距離を詰めようと、ルイスは痛みを無視して女に突貫する。だが女も、すぐにまた5本の炎の矢を出現させる。


 その矢が放たれた直後、また指の音と共にふっと炎の矢が消えた。

 次の瞬間には、ルイスの前後から10本以上の炎の矢が飛来する。ルイスは、一瞬で前後を視認して矢の起動を察知すると、避けながらも前へと進む。


「くっ!?」


 今度は背後からの2本を避けそこない、背中と左足に直撃を食らった。足の痛みにガクッとルイスのスピードが落ちる。


「きゃはっ。まだまだ、増えるわよ~」

「くそっ、勘弁してくれよ」


 ルイスは、嫌そうな顔をして眉をしかめるが足は止めない。女までの距離は、あと10メートルほど。

 炎の矢は、さらに追加された。

 向かってくる炎の矢を凝視しつつルイスは確実に前へと進む。


 そしてまた、目の前で炎の矢が消えた。


「きゃはっ!」


 女の奇声がルイスの耳を突く。

 直後、炎の矢がルイスを中心に四方八方から襲いかかった。ルイスは咄嗟に大きく回避しようとするが、それでも何本かは直撃をまぬがれない。


「ぐあああああっ」


 さすがのルイスも痛みで足を止めて、その場に膝をつく。

 全身になんしょも火傷を負って、服もぼろぼろ。まさに満身創痍といったルイスだが、それでも女を睨みつけている。


「兄さん!」


 ティトが悲痛な声をあげるが、ルイスはそちらには目を向けない。代わりに、女を睨みながら立ち上がった。


「大丈夫だ」


 実際に炎の矢は、そこまでの殺傷力は無い。

 何本も食らっているルイスよりも、最初に背中を斬られたティトのほうが重傷だった。


 そのティトはと言えば、ルイスが戦っている間になんとか止血を終え、座ったまま長距離射撃用魔銃アキュラスを構えていた。

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