第53話.きゃはっ!③

「ティト、行けるか?」

「はい」


 ルイスの声に、ティトは気力を振り絞ったような声で応えた。

 その声を背に受けてルイスは床を蹴る。

 走りながら右手の短剣を、一瞬で腰の鞘に戻し、ベルトに差した投げナイフを抜く。そして、立て続けに女に向かって3本のナイフを投げた。


 しかし、女は落ち着いた動きで細剣さいけんを振り、3本とも叩き落してしまう。

 その間にもルイスは女との距離を詰めていく。


 女は、そんなルイスから離れるように後ろに下がりながら、先ほどと同じように炎の矢を出現させた。

 その瞬間、後ろから銃声が聞こえた。


 ルイスが女の注意を引いて、ティトがルイスの後ろから女を狙うつもりだった。

 だが、女はニヤリと笑うとまたしても虚空へ溶けるように姿を消した。


「くそっ、近づけねぇ」


 ルイスは苛立たしげに振り向いた。だが、その顔が絶望にゆがむ。

 ルイスの目にに映ったのは、ティトのすぐそばに出現した女の姿だった。


 女が細剣を突き出すのがやけにゆっくりと見えた。


 ティトは、最初の一撃を長距離射撃用魔銃アキュラスの銃身で辛うじてはじき返す。

 しかし、ティトは満身創痍のうえ、壁を背にして座っている状態だ。逃げ場も無い上に態勢も悪い。


「ティトぉぉぉおおぉ!」


 ルイスの叫び声が虚しく通路に響き渡る。

 ティトまでの距離は、まだ20メートルもある。走りながらナイフを投げるが、またもや細剣で叩き落された。


「くそっ」

「きゃはっ! きゃはははははっ」


 女は、愉悦ゆえつにひたった笑みを浮かべながら、連続した細剣の突きを放つ。

 ティトは長距離射撃用魔銃アキュラスの銃身で、その攻撃をはじきながらかろうじて急所だけはかばっている。

 だが急所以外は庇いきれない。

 手足が何度も刺され、血が飛び散る。


 ルイスの目には、その光景がスローモーションのようにゆっくりと見えた。

 歯を食いしばる。

 全力で地を蹴るルイスだが、遅々ちちとして距離は縮まらない。


「きゃはははははっ」


 女は奇声をあげながら、さらに細剣の連撃を加速させる。


 そして。


 ついに細剣の切っ先がティトの腹をえぐった。その瞬間、ルイスには世界が止まったように見えた。

 一瞬でルイスの思考が、絶望と後悔に塗り替えられる。

 必死に手を伸ばそうとするが、まったく動けない。

 そんな中、ルイスの思考だけが加速していく。


「ぐあああああぁぁあ!」

「ティトおおぉぉぉ!」


 ティトの絶叫が通路に響き、ルイスの叫びがそれに重なる。

 腹をえぐるその細剣の切っ先は、ルイスから見て致命傷に見えた。深く刺さった切っ先、服を真っ赤に染める血。


 それを目にした時、ルイスの中の何かが壊れた。


「おおおおおおおおおおっ」


 雄たけびをあげながら、ルイスが女に接近する。

 先ほどまでよりもさらに早い。


「きゃは!!」


 女は目をまるくして、慌てて飛び退すさった。

 ルイスの2本の短剣が紅蓮ぐれんの炎に包まれる。ルイスのスピードがさらに上がる。たまらず、女は虚空に消えた。


「きさまぁあああああ。よくもティトを」


 すぐに反転して女を追うルイス。

 完全に頭に血が上っている。ルイスはさらに加速する。


「きゃはっ! いいわぁ。その表情かお


 女はうっとりとした表情を浮かべながら、炎の矢を出現させる。

 執拗に女を追いかけるルイスを嘲笑うかのように、女はルイスが近づく前に、その能力で空間を渡り遠く離れる。

 徐々に増えていく炎の矢だが、ルイスは舞うような動きで炎に包まれた短剣を振って、近づく炎の矢は全て叩き落した。


「きゃはははは。やるわねぇ。でも、どこまで避けきれるかしらぁ?」


 女は、ルイスを決して近づかせないで、少しづつ少しずつ炎の矢を増やしていく。

 そして、空中を舞う炎の矢が30を超えた頃、さすがのルイスでも避けきれなくなった。ついに1本の矢がルイスの足を捉える。


 バランスを崩したルイス。

 そこにすべての炎の矢が集中した。


「ティト……」


 もう避けきれない。そう思ったルイスは、ティトのほうへと視線を向けた。

 その時、ティトも兄を見ていた。


 二人の視線が絶望に染まりながら交錯する。


 死を予感して引き伸ばされた時間の中、身体の自由が効かない。

 とても長い間、二人は視線を交わしていた気がした。




氷壁陣ひょうへきじん



 澄んだ鈴の音のような声が二人の意識を現実に引き戻す。


 その声と同時に、ルイスを守るように氷の壁がせりあがった。ルイスに殺到していた炎の矢は、氷の壁に阻まれて四散する。


 同時に、銃声が連続して響く。


 女は忌々いまいまに舌打ちすると虚空へと消えた。


 通路の先からは、見知った二人が走ってくるのが見えた。


「アル……」


 ティトが声にならないほどの擦れた声で呟く。


「ティトが……。ティトを、助けてくれ! 頼む。ティトを」


 ルイスが懇願するような視線をアルフレッドに向ける。そして、かすれた声で叫んだ。

 アルフレッドは頷くと、カテリーナに指示を出す。


「カティ、ティトを頼む」


 カテリーナはティトの元へ。そして、アルフレッドは懐から小瓶を1本取りだすとルイスに投げ渡した。


「回復薬です」


 それだけを言うと、そのままルイスのはるか先にいる女のほうへと向かう。そして連射式魔銃インサニアの銃口を女の顔面へと向けた。



「セーレか!?」


 アルフレッドは、連射式魔銃インサニアを構えたまま、亜麻色の髪の女を睨みつけた。この女に会うのは2度目だった。


 前回は、セーレの空間を渡る能力にさんざん悩まさた。

 それこそ、今のルイスと同様、いやそれ以上に彼女の炎の矢に焼かれたものだ。リカード達が駆けつけてくたから助かったが、あと少しでも遅れていたら命は無かっただろう。


 その時のことを思い出して、アルフレッドの背中を冷たい汗が流れた。


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🔸ティトが死にそうなので連続投稿します。

  続けてお楽しみください。

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