第54話.きゃはっ!④
「きゃはっ! 誰かと思えばきみぃ、ちょっと前にも会ったわね。また焼かれに来たのかしら?」
そう言いながら、セーレはアルフレッドの遥か後ろを気にしている。
前回は、リカードたち援軍に邪魔された。それを警戒しているのだろうか?
アルフレッドとセーレが睨み合っている間に、ルイスはセーレを気にしながらもティトのほうへと向かった。
ティトの隣には、カテリーナが膝をついて回復薬を飲ませようとしている。だが、ティトの口からは血が
「お願い、飲んで……」
心配そうな顔で回復薬の瓶をかたむけるカテリーナに、ティトは力なく頷いた。少しずつ口に含ませるが、そのたびにむせて血と一緒に吐き出してしまう。
カテリーナは、悲痛な顔で首を横に振ると、回復薬をティトの腹の傷にかけた。
「あああぁあああぁあぁ」
ティトの絶叫が響く。
だが、その声は先ほどまでより弱々しい。
「ティト!」
ルイスはたまらずティトの手を取った。
血まみれの腹からは、シューシューという音と水蒸気のようなものが立ち昇っている。リカードから貰った最上級の回復薬は、ティトの傷口から体内に入り内臓に負った傷も修復していく。
ただ、その時の痛みは尋常ではない。
ティトは、腹の中を何かでかき回されているような痛みにさいなまれる。苦しさのためか呼吸が荒くなった。
「ティト、ティト、しっかりしてくれ。頼む……」
懇願するような顔で、ティトの手を握るルイス。そのルイスの手は震えていた。
「兄さん……」
そんなルイスにティトは、笑顔を浮かべようとして失敗した。喉に込み上げてくる不快感。そして、ごふっという音を立てて、ティトは血の塊を吐き出した。
「ティトおおおおぉ!?」
ルイスの絶叫が細い通路に響き渡る。
ティトの手を握るルイスの手に力がこもる。その目からは涙が流れた。荒かったティトの呼吸が、徐々にゆっくりになっていく。
「ティト、頼む。死ぬな」
泣きながらティトの名を呼ぶ。
ティトの手を両手で、慈しむように包み込む。
ルイスの目からはとめどなく涙が溢れている。
そして、ルイスの手を握り返すティトの手に僅かに力がこもった。
「だい……じょう……ぶです」
ティトの手に力が増した。
「もう……、だい……じょう……ぶです」
さらにティトの手に力が戻る。
「かいふく……やくを……」
その言葉に、ルイスはハッとして、アルフレッドから貰った回復薬をティトの口に近づけた。ティトは回復薬を一口、口に含むと、ごくりと喉を鳴らして飲み込んだ。
その直後、
隣にいたカテリーナが、大きく目を見開いて口元に手をあてる。涙を流しながら、目を細めた。
「もう……大丈夫……です。……後は兄さんが飲んでください」
「ティトおおおぉぉぉ!」
少しずつ回復の兆候を見せるティトを、ルイスは力いっぱい抱きしめた。
「兄さん……苦しいです。それより、あの女を。アルと一緒に」
ルイスはティトを抱きしめたまま頷くと、そっと手の力を緩めた。
「ああ、任せておけ」
そう言うルイスの顔は、いつもの頼もしい兄の顔に戻っていた。
そしてゆっくりと立ち上がると、残った回復薬を一息にあおった。
「行ってくる」
ルイスは、セーレと呼ばれた女を睨みつけながら、アルフレッドの隣まで歩く。そして、紅く輝く短剣を抜いた。
「待たせたな、アルフレッドさん」
「ティトは?」
「ああ、あんたのおかげで、もう大丈夫だ。助かった」
二人は、互いに顔は合わさないで、セーレを睨みつけながら言葉を交わす。
「まったく、まさか脱走するとは思いませんでしたよ」
「それは……悪かったな」
呆れた口調で言うアルフレッドの言葉に、ルイスはばつが悪そうに苦笑を浮かべた。
「まあ、その件はもういいです。それより、この女をなんとかしないと」
「ああ。分かっている。だが、こいつの瞬間移動はやっかいだぞ」
「はい。指を鳴らすと魔法――炎の矢が移動します。そうじゃない時はセーレ本人が瞬間移動します。そして、両方同時に瞬間移動は出来ないようです」
「ほぉ、よく知ってるじゃねぇか」
「以前、ずいぶんと苦労させられましたからね」
アルフレッドがうんざりした顔をする隣で、ルイスはにやりと口の端をあげた。
「ふん、それだけ分かれば充分だ。それに、もう不意打ちは食らわねぇ。アルフレッドさん、援護をお願いします」
その言葉に、アルフレッドは小さく頷くと銃口をセーレに固定する。
「きゃはっ! ちょっと人数が増えたくらいで、勝ったつもり? また、さっきみたいに泣かせてあげるわよ」
セーレはそう言うと、炎の矢を5本出現させた。
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