第45話.イーリスの遺跡⑤

「では、兄さんは、この魔石灯は関係ないと思っているんですか?」


 ティトにしては珍しく、兄に疑いの視線を向けた。


「関係ないってわけじゃないんだが、おそらくトラップを解除する仕掛けは、その魔石灯には無いぞ」

「なぜ、そう言い切れるんですか?」


 ティトは、分からないというように、ルイスの言葉にくいついた。

 それを軽く受け流すと、ルイスは魔石灯の下にある死体に視線を向けた。

 釣られてティトもそちらを見る。


「そこの死体、なぜそこにあると思う?」

「えっ、それは……、トラップにかかって?」

「なんのトラップだ?」

「それは、そこの矢が出てくるトラップじゃないんですか?」

「矢のトラップで死んだんなら、なぜ死体は、あっちじゃなくて、そこに転がっているんだ?」


 ルイスは一度、矢のトラップのほうへと視線を向けた後、再び死体へと視線を落とした。


トラップの矢で傷を負った後、ここまで逃げてきたんじゃないでしょうか?」

「おいおい、ティト。さっきの頭蓋骨、見ていただろう。矢をくらったなら即死だな。それに、おかしいと思わないか? その死体の周りには矢が落ちていないんだよ」


 言われて、ティトは白骨化した死体を覗き込む。


「本当ですね。この死体には1本も矢が刺さっていません。でも、そうなると、この人はどうして亡くなったんでしょう?」


 ティトは腑に落ちないのか、首をかしげている。それを見てルイスはニヤリと口元を緩めた。


「十中八九、その魔石灯が怪しいな。おそらく、不用意に触れば毒針が出るとか、そんなトラップが仕掛けられてるんじゃないかな。二重ダブルトラップってやつかな。ほんと、性格悪いぜ。イーリスってやつは」


 そこまで聞いたティトは、ルイスに尊敬と羨望せんぼうの眼差しを向ける。


「やっぱり兄さんはすごいや。それにしても、よく気付きましたね?」

「まあな。でも、そこの死体がなければ俺でも引っかかったかもな」

「そうかもしれません。けど、兄さんは、この死体を見た時には、もう気付いていたんですよね。最初から僕に魔石灯には触れないように警告してくれていました」

「ああ」


 ルイスは短く答えると、ティトに優しそうな目を向ける。


「しかし、この10個の魔石灯の中に正解があるんじゃないんですか?」


 ここまで聞いても、まだティトには信じられないらしい。


「俺も最初はそう思ったんだけどな。そうじゃないってことは、あの死体が教えてくれた」

「どういう意味です?」

「すべての魔石灯を調べてみたんだが、正解を見つけられなかった。どれも同じに見える。その中で、唯一、他と違うのが、死体の上にある魔石灯だったってわけだ」


 ルイスは再び、死体の上の魔石灯に視線を向ける。

 その魔石灯を少し離れた位置からティトも見つめる。


「その死体は、見事にトラップに引っかかったってことですよね。正解に見せかけたトラップに」

「そうだ。それで、俺は考えを変えた。この魔石灯の中には正解は無いと」

「その魔石灯がフェイクだったとして、どうして魔石灯の中に正解が無いと言うことになるのでしょう?」


 ティトは、まだルイスの言っていることが分からないと、首を振る。


「なあ、ティト。考えてみろよ。この通路をイーリスってやつも使っていたのなら、目印も無い魔石灯をトラップ解除の仕掛けにはできないだろ。もし、間違って触っちまったら、毒針でお陀仏だぶつだぜ」

「そうかもしれませんけど。でも、位置を覚えておけばいいじゃないですか? 右側の2番目とか」

「まあ、それでも大丈夫かもしれないが、何かの拍子に間違えるかもしれねぇ。俺だったらまったく違う解除方法を用意するな」

「確かに、そうかもしれません……」


 ティトは、少しだけ納得できないような顔をしたが、それ以上反論は思いつかなかったようだ。


「では、どうしたらこのトラップを解除できるんでしょう?」


 ティトが投げかけた質問に、ルイスは少し考えるが、ふっと笑うと降参とでも言うように両方の手のひらを上に向けて首をすくめた。


「いやぁ、さっぱり分からねぇ」


 それを見たティトが、がっくりと肩を落とす。


「そんな……」

「まあ、そう気を落とすな。トラップの解除方法はこれから考えるさ」


 そう言って、ルイスはもう一度、通路や魔石灯、それから大量にある小さな穴を観察していく。

 しばらくそうしていたが、やがて腕を組んでティトのほうに顔を向けた。


「なあ、ティト。そういえば、イーリスってやつは、魔法が得意だって言っていたよな?」

「はい。それはもう、その当時では最高峰の実力だったと思います。その中でも、魔法道具の制作に長けていました」

「なるほど。魔法道具ね」


 ルイスは顎に手をあてて考え込んでいる。その目は、先ほどの魔石灯へと向けられていた。


「この魔石灯も、ただのフェイクじゃないかもしれねぇな。これにも、何か意味があるとしたら……」


 ルイスは、一人でぶつぶつ言いながら、もう一度、魔石灯を見て回ると魔石灯の手前まで通路を引き返した。


「何か、分かりました?」

「うん。まあ、もしかしたらな……」


 なんとも歯切れの悪い答えが返って来た。ルイスにしては珍しい。


「ティト、ちょっと、この辺りまで下がってくれ」


 ルイスはそう言って、自分の横を指した。


「何か分かったんですね?」


 ティトは興奮気味に兄の隣に立った。その視線からは、全面的な兄への信頼が感じられる。


「どうだろうな? だが、ちょっと今からこの壁に魔力を流してみようと思う」

「魔力ですか?」


 聞き返すティトには答えず、ルイスは魔石灯の少し手前てまえの壁に右手を置くと、体内の魔力を右手から放出する。


 その瞬間、バチバチバチという音がして、ルイスの右手を中心に、稲妻のような青白い光が走った。

 それは、壁や床、天井と広がり、通路の奥の方まで駆け抜ける。


「兄さん、魔石灯が!」


 ティトは目をまるくしている。

 その視線の先では、壁に整然と並ぶ10個の魔石灯が、光を発していた。

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