第44話.イーリスの遺跡④

 死体に近づくにつれ、通路にはいくつか変化があった。


 一番手前てまえにあった死体のすぐ上にはランプのような魔石灯が備え付けられている。

 その魔石灯だが、死体の上のものも合わせて、左右に五つずつ壁の真ん中よりも少し高い位置に、等間隔に並んでいた。


 左右合わせて、合計10個の魔石灯は、今は光を発していない。

 さらに、その奥。魔石灯の並んでいる先は、魔石灯が無くなり、その代わりというわけではないが、壁や天井さらには床に至るまで、小さな穴が無数に空いている。


 穴の大きさは5ミリほど。それが、5センチほどの間隔で並んでいた。

 ちょっと目がチカチカしてしまうような光景だった。

 それが20メートルほど奥まで続いている。

 その穴だらけ地帯に数メートルほど入ったところに、残り2つの白骨化した死体はあった。


「これは、間違いなく罠ですよね」

「足を踏み入れたら、あの小さな穴から、あの黒い針みたいなのが飛び出してくるんだろうな。あの奥の二つの死体は、両方とも、その犠牲者だな」


 そう言いながら、ルイスは奥にある二つの死体に目を向ける。


 よく見れば、死体の周辺にも何本もの黒い金属の棒が落ちていた。

 骨と塵の山に隠れているが、その下にもたくさん落ちているようで、その数は数十本に及ぶかもしれない。


「はい。しかし、これだけ穴が空いていたら明らかにトラップって分かりますよね。ちょっと分かりやす過ぎではありませんか?」


 ティトは、無数の穴を見ながら首を傾げた。

 元来、トラップというのは相手に気付かれないように巧妙に隠しておいて、相手をおとしいれるものではなかっただろうか。


 ルイスは少し考えた後に口を開いた。


「警告も兼ねているんじゃないか? これ以上進んだらただじゃ済まない。だからこれ以上は進むなっていう」

「なるほど。でも、トラップなんてあったら、余計に進みたくなりませんか? ほら、トラップまで仕掛けて何を守っているのかと気になりますよね?」


 ティトは、納得いかないのか、そう言いながら首を傾げる。


「たぶん、イーリスってやつにとっては、どっちでも良かったんじゃねぇか?」

「と言いますと?」

「侵入者がここで引き返してくれればそれでよし、引き返してくれなくても、このトラップは突破されない自信があったんじゃねぇかな」


 ルイスは、話ながら魔石灯の下にある死体を慎重に調べている。


「ティト、壁についている魔石灯には、絶対に触るんじゃねぇぞ!」

「は、はいっ」


 ティトがルイスにならって、白骨化した死体を覗き込んだ時、ルイスが強い口調で警告した。

 急な警告にティトはびくっと尻尾を震わせて、手を引っ込めた。


 ティトが魔石灯と死体から距離を取って、再び調査を続けようか迷っていると、ルイスは白骨死体から、おもむろに頭蓋骨を拾い上げる。


「それにしても、単純だけど強力だよな。あの穴全部から矢が飛び出すんじゃ、俺にも突破出来る気がしねぇ」

「兄さんでも……ですか?」

「ああ、無理だな。あの奥の死体、5メートルも進んでいないだろう? トラップがあるって分かったうえで突っ込んだ可能性が高い。それでも、あれしか進んでないんだ。突っ込むとき勢いをつけたと考えると、最初の1、2メートルで矢をらっているんじゃないかな。向こうまでは20メートルはある。とても、行けるとは思えねぇな」


 淡々と説明するルイスの話を聞いて、ティトも頷いた。その尻尾は、矢に刺されるところでも想像したのか、股の間に隠れるように下がってしまっている。


「どんなものか、ちょっと試してみるか」


 ルイスはそう言うと、先ほど手に取った頭蓋骨を振りかぶる。そして、思いっきりトラップのある通路の先に向けて投げつけた。


 ルイスの手を離れた頭蓋骨は、かなりのスピードで通路の先へと飛んでいく。

 それが無数の穴がある地帯に差し掛かったところで、音も無く穴から一斉に矢が飛び出した。


 黒い針のような矢は、ガガガガガという音と共に頭蓋骨に突き刺さる。

 そして、頭蓋骨は3メートルも進めないまま、粉々に砕け散った。


 後には、十数本の矢が床に散らばっているだけだった。


「な? やっぱり無理だろ?」


 ルイスが振り向くと、ティトは、ぽかんと口をあけたまま、放心していた。

 それだけ、飛び出してきた矢がすさまじかったのだ。




「どうしたら、いいんでしょうか?」


 ティトが助けを求めるようにルイスを見る。


「このトラップを解除するしかないだろうな。ここのあるじが、ここを通るときは、トラップを解除したはずだ。ここ以外に、研究施設とやらに行く方法があれば別だが、そうじゃない場合、必ずトラップを解除する方法があるはずだ」


 そう言いながらも、ルイスは魔石灯を一つずつ見て回っている。

 ただし、ルイスは少し離れて見るだけで、決して魔石灯に手を触れようとはしなかった。


「触るなよ」


 再び、ルイスの警告が飛ぶ。


「は、はい。分かってます。でも、やっぱり、この魔石灯が怪しいですよね。ここにだけ魔石灯が並んでいるわけですし、そもそも床や天井が発光しているんですから、魔石灯なんて必要ありません。ですから、この魔石灯に何らかの仕掛けがあるんじゃないでしょうか?」

「そう思わせるのが、これを作った奴のいやらしいところかもな」


 ルイスは、感心したような、どこか楽しそうな表情を浮かべた。

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