第43話.イーリスの遺跡③

 中に入ったルイスは、その光景に目を見張った。

 壁も床も天井も、大理石を切り出して、念入りに磨いたような光沢と艶のある材質で統一されている。

 しかも、まるで一枚岩のようにつなぎ目がまったく見当たらなかった。

 全体的に淡い灰色のそれには、よく見なければ分からないくらいの薄いマーブル模様が入っていた。


 しかし、何よりも驚いたのは光源が無いのに、明るかったことだ。

 まるで、壁や天井が淡く発光しているように見える。いや、実際にそうなのかもしれない。


 そんな不思議な材質で作られた、幅も高さも2メートルほどの通路が、ずっと奥まで続いている。


 その少し幻想的な光景の中で、唯一現実を感じさせるのは、床に積もったちりほこりだろう。

 歩くたびに、ぶわっと舞う埃の量が、長い年月、誰も足を踏み入れていないことを物語っていた。


 積もった埃にルイス以外の足跡は無い。


「ティト、入って来ていいぞ」


 とりあえずの安全を確認したルイスは、入り口で待っていたティトを呼ぶ。

 ティトも中に入りルイスの隣に立つと、口を半開きにして、しばらくその光景に見入っていた。


「すごい……。すごいです、兄さん。入り口の幻影魔法や仕掛けもそうですが、この通路も、数百年経っているというのに、まったく風化した形跡さえ感じさせない。すごい技術ですよ」


 ティトは興奮してそう言うと、間近まぢかで壁や床に触れる。


 その時、再び鈍い音を立てながら、入り口がスライドして閉まっていく。


 驚いて振り向いたティトの目に、洞窟の天井にぶら下がって、こちらをじっと見ている蝙蝠こうもりの姿が目に入った。


 その直後、入り口は、開く前と同じようにぴったりと閉じてしまった。


「どうかしたか、ティト?」


 ぴったりと閉じた入り口を見つめて立ち尽くすティトにルイスが首を傾げる。


「いえ、先ほど蝙蝠が一匹、こちらを見ているような気がしまして。でも、洞窟ですから、蝙蝠くらいいますよね?」

「どうだろうな? さっき調べていた時は蝙蝠が住んでいるような形跡は無かったけどな」


 蝙蝠がいる洞窟なら地面に排泄物などが落ちているはずだが、先ほどは見かけなかった。


「気になりますね」

「ああ、もしかしたら、洞窟に残っていた足跡と関係あるかもしれんな」

「どうします?」

「何者かも分からんし、そもそも敵なのかも分からん。あっちから出てきてくれねぇことには、どうしようもねぇな」


 真剣な表情のティトとは対照的に、ルイスは、緊張感の無い表情でそう言うと、ひらひらと手を振った。


「では?」

「待っててもしょうがねぇし、先に進もうぜ」


 ルイスは、そう言うと長い通路を奥へと進んでいった。

 数十メートルも進むと、床に積もった塵や埃は、うっすらと表面を覆うくらいに減っていた。

 どうやら空気の流れは、ほとんど無いらしい。それでも、薄く広がる汚れのような埃は、はるかな時を感じさせた。



 通路は一本道で、分かれ道などなく続いている。変わりなく、滑らかな壁や天井。ふと、永遠に奥へと続いているような錯覚にとらわれる。



 だが、それも長くは続かなかった。

 500メートルほど奥へ進んだところで変化があった。前方の床に何か、小さな山のようなものが3つ見える。


「兄さん、あれは何でしょう?」

「砂の山に、ぼろ布が混ざっているようにも見えるが、何だろうな?」


 ティトは、長距離射撃用魔銃アキュラスを構えると、備え付けられている遠見筒スコープを覗き込む。

 次の瞬間、ティトが息を飲む音が聞こえた。


「死体です。既に白骨化して風化してますが、3つとも人の死体です」

「なんと!?」


 ティトから長距離射撃用魔銃アキュラスを借りると、ルイスも遠見筒スコープを覗き込んだ。


 砂山のように見えたのは、崩れた骨や風化した服などの上に、さらに塵などが積もっているからだった。

 頭蓋ずがい大腿骨だいたいこつだろう。大きめの骨も砂山のようなものに埋もれていた。


「どうしてあんな場所で亡くなったんでしょう?」

「罠、かもしれんな。奥の右にある死体だが、矢のようなものが刺さっているようにも見えないか?」


 ティトはルイスから長距離射撃用魔銃アキュラスを受け取って、再び遠見筒スコープに目をあてる。


「確かに、棒のようなものが刺さっているようにも見えますね」

「だろう? しかし、ここからじゃよく分からんな。もう少し近づいてみるか」


 ルイスはそう言って、慎重に通路を進んでいく。

 罠の可能性も高いので警戒心はいやおうでも跳ね上がった。

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