第56話.きゃはっ!⑥

「やったんですね……。兄さん」


 ティトが座ったまま声をあげる。まだどこか痛むのか、その顔は苦しそうだ。だが、先ほどよりは、声もしっかりしていた。

 そんなティトにルイスは優しく目を細めながら頷いた。


「ティトのおかげだよ。それにしても、よく当てたな」


 アルフレッドは顔を綻ばせながらティトのもとへと駆けつけた。

 

 最初にセーレに決定打を入れたのはティトの長距離射撃用魔銃アキュラスだった。ルイスやアルフレッドがあれだけ頑張って、かすめるのがやっとだったというのに、怪我でほとんど動けなかったティトが最初に命中させたのは驚きだった。


「あのセーレって人、消えた後は誰かの背後に現れることが多かったんです。だから僕、途中からずっとアルの背後だけを狙っていたんです」

「なるほどな。考えたじゃねぇか」


 ルイスは、どこか誇らしげに微笑んだ。


「えへへ」


 ティトは兄に褒められて、くすぐったそうな顔をする。その尻尾は嬉しそうにゆっくりと左右にゆれていた。


「でも、これもみんなアルとリリアーナさんのおかげですね」


 ティトは真剣な表情に戻ると、アルフレッドとリリアーナに順に視線を送って、頭を下げた。


「おっとそうだった、アルフレッドさん。俺達なんかを助けに来てくれてありがとうございます」


 ルイスはそう言うと、アルフレッドに向かって深く頭を下げた。


「それに、あの時はずいぶんと失礼な態度を取っちまったな。すまなかった」

「そんな。頭をあげてください。それより僕たちこそ、来るのが遅くなってしまって。入り口がなかなか見つからなくて……」

「そうです、アル。よく分かりましたね。入り口もそうですが、罠の解き方も」


 ティトが思い出したように大きな声をあげた。


「それは、リリィとカティに残ったイーリスの記憶があったから……」

「そうか。そうでしたね。そういう意味でも、アルたちと一緒に来ればよかったんですよ」


 ティトがそう言うとルイスは、ばつが悪そうに視線を逸らした。


「そういえば、ティト。もう傷は大丈夫なのか?」

「はい。まだ少し傷みますが、頂いた回復薬のおかげで、もうすっかり傷はふさがっています」


 ティトは、具合を確かめるように腹を手で触ってから答えた。それを見て、ルイスはアルフレッドに向かって再び深く頭をさげる。


「ありがとうございます。アルフレッドさんのおかげで弟を、ティトを失わずに済みました。どれだけ感謝しても足りません」


 頭を下げたままのルイスに、アルフレッドは困った顔になる。


「そんな、頭をあげてください。それに、その敬語と『アルフレッドさん』って言うのも、なんだかくすぐったくて……。ティトと同じようにアルでいいです」


 居心地が悪そうに、ぽりぽりと頬を掻きながら訴えるアルフレッドにルイスは顔をあげると破顔した。


「分かったよ。それなら、俺のこともルイスって呼んでほしい。それから、敬語もダメだ」


 そう言って、ルイスは右手を差し出した。


「ああ。ルイス、改めてよろしく」

「こちらこそだ。アル。それから、改めて礼を言わせてくれ。本当にありがとう」


 アルフレッドがルイスの手を取り、がっちりと握り返す。


「わー。アル、兄さん。僕も混ぜてください」


 そう言うと、ティトはよろよろと立ち上がって二人の手の上に、自分の両手を重ねた。その顔は本当に嬉しそうで、細められた目の端からは涙が溢れていた。


「なんだ、ティト。泣いているのか?」

「だって、嬉しくって」


 揶揄からかうようにティトの顔を覗き込むルイスに、ティトは左手で涙を拭いながらも嬉しそうにルイスを見つめる。


「兄さんがアルと仲良くしているなんて、夢のようです。ずっと、そうなればいいなって思っていました」


 ティトはまだ涙を流しながら、それでもとびっきりの笑顔を見せた。


「そうか、すまなかったな」


 そんな弟を見ながら、ルイスは乱暴にくしゃくしゃっとティトの頭を撫でた。





 それからしばらくの間、4人で喜びを分かち合っていたのだが、ふとアルフレッドが思い出したように真顔になった。


「そうだ! ルイス。封魂結晶アニマ・クリュスは手に入れたのか?」

「おう。アルのおかげでな。ほれ、この通りだ」


 ルイスは、ポケットから布に包まれた封魂結晶アニマ・クリュスを取りだすと、アルフレッドに見せる。


「よかった。これでアミーラさんを助けに行けるな」

「ああ」

「なあ、ルイス。封魂結晶アニマ・クリュスがあれば、本当にアミーラさんを返して貰えるのかな?」


 アルフレッドからは笑顔が消えていた。心配そうにルイスを見る。ルイスは、そんなアルフレッドの視線を受け止めながらも、苦い顔をした。


「分かんねぇ。いや、十中八九返してくれないだろうな。例え、アミーラを放してくれたとしても、俺達を逃がすつもりは無い。そんな気がする」

「やっぱり、そう思うよな」


 そこでアルフレッドは口を噤んだ。

 だが、何かを決心したようにルイスの目を正面から見据える。


「なあ、ルイス。アミーラさんの救出、やっぱり俺たちにも手伝わせてくれないか? いや、違うな。リカード様の力を借りようと思う。それを許してはくれないだろうか?」


 以前、リカードの助力を匂わせた時、ルイスははっきりと拒絶の意志を示した。それを、アルフレッドは覚えている。

 だが、ここにセーレがいたということは、まだ魔族が封魂結晶アニマ・クリュスに絡んでいると思ったほうが良さそうだ。そして、魔族相手では、ここにいる4人では苦戦は必至だ。やはり、圧倒的な実力を持つリカード達の助けが必要だと、アルフレッドは思っていた。

 

「手伝ってくれるのは嬉しいが、その……いいのか? 俺たちなんかのために?」


 アルフレッドの予想とは違いルイスは拒絶しなかった。ルイスは戸惑っているのか、遠慮しているのか、目を伏せてしまう。


「いいも何もあるか。僕の方が手伝いたいんだ。それに、気付いていたと思うけど、さっきのあの女は魔族なんだ。アミーラさんの件、魔族が絡んでいるかもしれない」

「魔族が?」


 さすがのルイスも予想していなかったのか、驚きを隠せないでいた。


「うん。だからリカード様としても、今回の件は見過ごせないと思う。協力は、こちらから頼みたいくらいなんだ」

「そうか、ありがとう。アル、恩に着るよ」


 そこまで言っても遠慮がちに頭を下げるルイスに、アルフレッドは破顔した。


「そんな、大袈裟な。それに、僕たちはもう仲間だろう。仲間を助けるのはあたりまえじゃないか。まあ、それでも感謝してくれるって言うなら、上手くアミーラさんを助け出せたら、旨い飯でもおごってくれ」


 ルイスは、顔をあげてアルフレッドを見ると、ニカッと歯を見せて笑った。


「ああ、とびっきり旨い魚料理をごちそうするよ」



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ここまで読んで頂きありがとうございます。


 さて、いよいよ次回からはアミーラを救出に

 シュテルナー公爵に挑みます。


 あと少しです。もしよかったら、

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 宜しくお願い致します。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

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