第19話.潜入準備②

 ルイスの言った通り、しばらくすると貴族街へと続く門から、仕事帰りと思われるたくさんの兵士たちが出てきた。


「よし、行くか」


 ルイスはそう言うと席を立って店を出た。既に勘定は済ませてある。

 ティトもすぐ後に続いた。


 外に出た二人は、たくさんいる兵士の中から、めぼしい集団を選んで尾行を開始した。



 ――



 数時間後、ルイスとティトは一軒の集合住宅の前にいた。



 あの後、二人は別れて、それぞれ別々の兵士を尾行していた。

 結局、ティトが尾行した兵は、はずれで、ルイスが尾行した方は当たりだった。


 当りはずれというのは、独り身で同居人がいない、目立たないところに住んでいるというのが当りで、逆に同居人がいる場合ははずれだった。


 ティトが尾行した兵士は、家族と同居していたため、はずれと判断したのだ。



 二人はあらかじめ決めておいた集合場所で落ち合った後に、ルイスが尾行した兵士の家の前に来た。


 それが、目の前にある集合住宅だ。



 兵士が家に入ってから、それなりの時間が経過しているが、まだ部屋からは明かりが漏れていた。

 しばらく観察したが、家の中の気配は一人分。それは間違いなさそうだ。


「さて行くか」


 ルイスは気負いも無くそう言うと、ティトを伴って家の入り口に立った。

 軽くノックする。

 だが、家の中の気配は動かない。聞こえなかったのだろうか?


 ドンドン!

 今度は、少し強めにノックすると、ようやく家の中の気配が動いた。


「なんだ? こんな時間に」


 そんな声が聞こえて、入り口の扉が開かれた。

 男が扉から顔を出した瞬間に、ティトがプシュッと小瓶に入ったファンガスの眠り粉を噴きかけた。


「なっ!?」


 男が驚きの声をあげるが、その直後に男の身体から力が抜ける。


「よっと」


 すかさずルイスが一歩部屋に入ると、倒れ込みそうになる男を支えた。

 そして、そのまま部屋の中へと身体を入れる。すぐにティトも続いて、そっと入り口の扉を閉めた。



「同居人はいないようだな」


 ルイスは、さらに部屋の中の気配をさぐるが、やはり大丈夫のようだ。


「さてと、まずはこいつの顔を頂きますか」


 そう言うと、ルイスは服の内ポケットから、仮面のようなものを一つ取り出した。

 銀色の、仮面舞踏会なんかで使うやつだ。

 目元から鼻の上までを覆う。

 派手な装飾がほどこされている仮面で、ルイスが付けたら似合いそうだ。



 その仮面を眠っている男の顔にそっとつける。

 すると、仮面は強い光を放ち始める。

 そして、男の顔全体を覆うように光が広がっていき、しばらくすると急速に光が弱まって元の銀色の仮面に戻った。


「もういいだろう」


 ルイスは男の顔から仮面を外すと、今度は自分の顔にその仮面をつけた。

 先ほどの男の時と同じ様に、仮面が強い光を発し、ルイスの顔全体を包み込む。



 そして、光が収まった時、ルイスの顔は目の前で寝ている男の顔になっていた。

 髪型も含めて、同じ顔が二つ。


「どうだ? ティト」

「はい。ばっちりです。いつも通りそっくりですよ」


 声すら変わっているルイスに、ティトはサムズアップして答える。



 この仮面、千の顔を持つ者サウザンドフェイスという名の魔法道具で、一度つければその者の顔を盗むことが出来る。


 ティトが創った魔法道具というわけではない。

 ティトの持つ長距離射撃用魔銃アキュラスと同じで、古い遺跡で偶然に手に入れた物だ。


 ティトが解析してみたが、どういう仕組みになっていて、どんな魔法が込められているのか皆目見当かいもくけんとうがつかなかった。

 それでも、なんとか使い方は分かった。


 怪盗ナバーロの見事な変装は、この魔法道具によるものだ。


「兄さん、軍服がありましたよ」

「おお、サンキュ」


 ティトがクローゼットから取りだした軍服を、ルイスに向かって投げる。

 フォートミズの兵士は全員揃いの軍服を身に付ける。だから兵士として潜入するには軍服は必要だった。


 ルイスは、受け取った軍服に着替えた。

 どうにも尻尾のおさまりが悪いが我慢するしかない。


「むむ、動きにくいな」

「あははは、似合ってますよ。兄さん。本物の兵士に見えますよ」


 服の中にしまった尻尾を気にしているルイスを見てティトは声をあげて笑った。


「笑うな!」

「あはは、すみません。でも、尻尾は我慢してもらうしかないですね」

「分かってるさ。それよりも、こいつの手足を縛れ。それから目隠しと猿ぐつわもな」


 ルイスはちょっと不機嫌になってティトに指示を出した。今までも、変装中は尻尾を出せないことが多かった。

 だが、やはり動きにくいことには変わりないのだ。


「兄さん、できましたよ」


 ティトは、転がっている男を床に座らせると、後ろ手にロープで縛り、足首も同じように縛った。

 そのうえで目隠しと猿ぐつわも噛ませる。


「じゃ、起こすか」


 ルイスは、ぐったりとしている兵士の胸ぐらをつかむと、その頬を平手ではたいた。

 何度か叩くと、男の体に力が入る。


「ゔぅー。ゔー、うー」


 兵士は唸りながら身をよじる。ルイスは男を掴む腕に力を込め、腰の短剣を抜くと男の頬に刃を当てる。

 男は体を強張らせた。


「騒げば殺す! 分かるな?」


 男は体を強張らせながらも、こくこくと首を縦に振った。

 ルイスが顎をしゃくると、ティトは兵士の猿ぐつわをゆっくりと外した。


「た、頼む。こ、こ、殺さないでくれ」


 怯える声で、懇願こんがんする兵士。


「勝手にしゃべるんじゃねぇ」


 ルイスが低い声で脅すと男は再び、小さく首を縦に振った。


「大声を出したら殺すからな!」

「はぃぃ」

「これから、貴様に聞くことがある。正直に答えれば命までは取らねぇ。だが、拒否したり嘘をついたりしたら」


 ルイスは、短剣を強く男の頬へと押し付ける。


「わかるな!?」

「ひぃっ、分かった。な、何でも話す。だから、だから殺さないでくれ」

「よし、まずは名前からだ」


 ルイスの質問に男はディックと名乗った。

 それから夜明け近くまで、ルイスの質問は続いた。

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