第20話.潜入準備③

 翌朝、ルイスは出仕する兵士に混ざって、貴族街へと続く門をくぐった。

 千の顔を持つ者サウザンドフェイスで顔を変え、軍服を着込み、通行証を持ったルイスを怪しむ者は誰もいない。


 今はディックという名の兵士に成り済ましている。


 夜明け近くまで質問攻めにしたおかげで、集合場所や集合時間、隊長や同僚の名前からその特徴まで、全て頭に入っている。


 集合場所である兵士の詰所つめしょに到着したルイスは、まず壁に貼られた地図を見に行く。地図があることはディックから聞いて知っていた。


 その地図には、ルイスが知りたいことの多くが載っていた。


 警備対象である貴族街全体の詳細地図で、リード子爵家とオーティス男爵家の屋敷の位置も記されている。


 それが分かれば、後は自身の目で屋敷を確認できればいい。

 ルイスは地図を全て頭に叩き込もうとして、しばらくそれを見つめていた。


「よぉ、ディック。やけに熱心に地図なんか見て、どうかしたのか?」


 急に肩を叩かれて振り向くと、そこには一人の兵士が立っていた。

 昨日ディックに聞いた情報と照らし合わせると、この兵士はディックの所属する班の班長だ。


「班長。おはようございます。いや、地形把握は警備の基本ですからね。自分の守る街の地図はしっかり頭に叩き込んでおこうと思いまして」

「はぁ? やっぱりどうかしたのか? お前がまじめに仕事に取り組むなんて、熱でもあるんじゃないか?」


 班長は怪訝な顔をしてルイスの顔を覗き込んだ。


 他人に成り済ますのは難しい。外見と声は千の顔を持つ者サウザンドフェイスのおかげでコピーできるが、性格まではどうにも出来ないのだ。

 それでも不思議なもので、外見が同じなら、性格や話し方が多少違っていても、ちょっと違和感を覚えるくらいで、強い疑いをかけられることはない。


「班長、酷いっすね。俺だって、たまには真面目になることもあるんですよ」

「そうか。まあ、お前が真面目に仕事をするのはいいことだな。その調子で頑張れよ」


 班長はそう言って去っていった。

 班長が去ると、ルイスはすぐに地図へと視線を戻した。今は出来るだけ地図を頭に入れておきたかったのだ。




「ディック。おいディック。巡回に行く時間だ。遅れるんじゃねぇぞ」

「はい。すぐ行きます」


 しばらく地図を見ていたルイスだが、班長に呼ばれて詰所つめしょの外に出た。

 外では、兵士たちが隊列を組んでいた。班長に続いてルイスも隊列に並ぶ。


 一つの班は班長を中心に6人で形成される。

 そして、ルイスが所属する班の主な仕事は貴族街の巡回だ。

 巡回は班単位に行われ、そのルートは班によって異なる。先ほど見た地図とディックの話から考えるとルイスの班の巡回ルートは、オーティス男爵家の前を通る。


 巡回を開始したルイスは、怪しまれないように気をつけながら周囲を観察する。

 地図で覚えた街並みを、その目に焼き付けていく。平面の地図では得られない情報を頭に叩き込む。


 やがて、ルイスの班はオーティス男爵家の屋敷に差し掛かった。

 敷地面積はそれほど広くはないが、4階建てのその屋敷は他の屋敷と比べても引けを取るものでは無い。


 屋敷の目の前には、小さいながらも立派な庭園がある。

 まだ庭園までには距離があるのだが、遠目に見ても色とりどりの花が咲いていてよく手入れされているのが分かった。


 周囲を観察しながら近づくと、庭園には一人の女性の姿があった。

 雰囲気から察するに貴族のご令嬢であろうか。

 ターゲットの一人が男爵家の令嬢であるリリアーナだということをルイスは思い出した。


 徐々に近づいていく。


 歳は15歳前後だろうか。小柄な女性で、少しウェーブのかかったアッシュブラウンの髪を、首の後ろで緩く束ねている。

 整った顔立ちの少女だが、好奇心に満ちた大きな瞳が印象的で、少しあどけなさの残るその表情は、美人と言うよりは、かわいらしいという印象を与える。


 それは聞いていたリリアーナの特徴とも一致した。


「この子がリリアーナ……」


 ルイスは少女の顔をしっかりと覚えた。

 少女の前を通りかかると、ちょこんと会釈し『ごくろうさまです』と言っているのが口の動きで分かった。


 だが、その時、ルイスの視線は少女の胸元に引き付けられた。


 ペンダントトップに大きな真紅の宝石を称えたネックレス。


封魂結晶アニマ・クリュス!?」


 思わずルイスの口から言葉が漏れる。それはとても小さな声で、周りに聞かれることは無かった。

 少女の胸元に輝くネックレス。



 それは、シュテルナー公爵の地下牢で聞いた封魂結晶アニマ・クリュスの特徴と完全に一致していた。


 なんたる幸運か。

 こんなにも早く封魂結晶アニマ・クリュスが見つかるとは思わなかった。



 ルイスは、この望外な幸運に感謝した。



「おい、いつまで見惚れてやがるんだ?」


 隣に歩く兵士に小突かれてルイスは、はっと我に返った。


「い、いや。見惚れていたわけじゃ」


 慌てて否定しようとして、ルイスは否定する必要が無かったことに気付く。


「ごまかさなくてもいいだろう。オーティス家のご令嬢は綺麗だよなぁ。そりゃあ、お前が見惚れるのも分かるってもんだ。でも、まあ身分が違い過ぎる。諦めろよ」

「いや、だから違うって!」


 黙って聞いていればいいものをルイスはつい反論してしまう。


「おまえら、無駄口叩いてんじぇねぇ。仕事中だ」


 振り向いた班長に叱責された。


「おまえのせいで、怒られたじゃないか?」


 隣の兵士が口の動きだけでそう言っているのが分かるが、それは理不尽というものだ。

 ルイスは、それを無視すると、封魂結晶アニマ・クリュスをどう盗むか考え始めていた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ここまで読んで頂きありがとうございます。

 封魂結晶アニマ・クリュスを発見することが出来たルイス。

 このままリリアーナのところに盗みに入るのか?


 怪盗ナバーロがどうやって盗むか気になる!

 リリアーナかわいい!!

 千の顔を持つ者サウザンドフェイスが欲しい!!!


 と思ってくださいましたら、

 ★評価やフォローを頂けると嬉しいです。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

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