第21話.怪盗ナバーロと封魂結晶①

 その日の夜、ルイスとティトは貴族街を囲む外壁の、その上に設置されている小さな尖塔の屋根にいた。


 空は晴れ、月と星の輝きが貴族街を照らし出す。夜目の効くルイスとティトにとっては、昼間と変わらぬように見渡すことが出来る。

 地図で見て、巡回によりその目で見たルイスには、貴族街の地が手に取るように分かった。


 二人がいるこの尖塔も、ルイスが地図と地形を照らし合わせてオーティス男爵家がもっとも良く見える場所を導き出したのだ。




 二人は、腹ばいになって、遠見筒スコープを覗き込む。


 ティトは長距離射撃用魔銃アキュラスに備え付けられた遠見筒スコープを。そして、ルイスは、それを真似てティトが創った遠見筒スコープを覗く。


 ルイスの持つ遠見筒スコープは、長距離射撃用魔銃アキュラスに備え付けられたそれよりも性能でかなり劣るのだが、それでも肉眼で見るよりは遥かに良く見える。


「ティト、四階の角部屋。一番左だ。見えるか?」


 ルイスが遠見筒スコープを覗き込みながら、小声でティトに呼びかけた。今、見ているのは先ほど明かりがついた部屋だ。

 ルイスは、そこに昼間見たリリアーナの姿を見つけた。


「はい。女の子がいるのが見えます」

「その子だ。その子が、リリアーナだ。胸に封魂結晶アニマ・クリュスが見えるか?」

「はい。紅い宝石がついているネックレスですね。はっきりと見えます」


 ルイスの遠見筒スコープでは、はっきりと見えないが、ティトにはよく見えているようだ。


「そうか。寝る時にはそのネックレスを外すかもしれん。外したらどこに置くのかしっかり見ておいてくれ」

「はい。任せてください」


 ティトは遠見筒スコープを覗き込みながら、返事を返した。


 リリアーナのいる4階の角部屋だが、おそらく彼女の寝室なのだろう。天蓋付きのいかにも貴族令嬢に似合いそうなベッドが二つ並んでいた。


「なぜ二つ?」


 ティトは小さな声で、そうつぶやいた。


 ベッド以外には、丸いテーブルが一つと、背もたれがある豪華な椅子が向かい合うように二脚テーブルを挟んでいる。

 壁際には、腰より少し高いチェストが二つ並べて置かれていた。

 さらにドレッサーも並んで二つ。



 まるで二人部屋。いや、二人部屋なのだろう。姉妹の部屋なのだろうか?だが、今はリリアーナ一人しかいなかった。


「あっ!?」


 ティトが突然小さな声をあげた。


「どうした?」


 遠見筒スコープから目を離さないティトを見て、ルイスも慌てて遠見筒スコープを覗き込む。


 遠見筒スコープを覗いたルイスの目に映ったのは、今まさに着替えようとしているリリアーナの姿だった。


 シャツのボタンをはずして前を開くと、下着に包まれた少し控えめの胸が露になる。



 隣では、ティトがごくりと喉を鳴らす。

 そちらに目を向ければ、ティトが食らいつくような勢いで遠見筒スコープを覗き込んでいた。

 それは、超長距離狙撃をするときの鬼気迫るようなティトの雰囲気に似ていた。



「そういやぁ、こいつもそういう年頃だな」



 ルイスは、ほんとうに小さな声で独り言ちると、口元をほころばせた。

 そして、再び遠見筒スコープを覗き込む。


 そこには、ちょうどスカートも降ろして上下ともに下着になったリリアーナの姿があった。


 こりゃティトじゃなくても、たまんねぇな。



 胸は控えめだと思っていたが、そんなことはない。こうして全身を見れば、そのバランスは絶秒だった。


 下着越しでも分かるほどの形のいい胸に、ほどよく締まった腰のライン。そして、くいっと上がった丸みを帯びた尻。

 美の化身もかくやというような美しさがそこにはあった。


 やべぇな。これは。

 癖になりそうだ。


 リリアーナの美しさもあるが、覗き見しているという背徳感が二人の興奮に拍車をかける。

 

 リリアーナは下着の上から生地の薄い夜着を身に纏う。

 ワンピースタイプのゆったりとした夜着姿は、それはそれで可愛らしかった。


「兄さん、見ましたか?」

「ああ、ばっちりとな」


 ティトは興奮冷めやらぬといった熱っぽい表情かおで、まだ遠見筒スコープを覗き込んでいる。


「でも、こうして覗いていると、ちょっと悪いことをしている気分になりますね」

「まあな。だが、そのおかげで、いいもん見れてよかったんじゃねぇか?」

「はいっ! 眼福でした」


 嬉しそうに返事をするティトだが、まだ遠見筒スコープから目を離さない。

 そんなティトを見てルイスは少しだけ顔を曇らせた。


「眼福かぁ。確かにそうだな。でもな、ティト。いくら良かったからといって、変な趣味に目覚めるんじゃねぇぞ」

「変な趣味って、覗きのことですか?」

「ああ」

「もう、兄さんじゃないんだから、大丈夫ですよ」


 ティトはやっと遠見筒スコープから目を離すと、心外だと言わんばかりに、首を横に振った。


「そりゃ、どういう意味だ? ティト」

「あはは。ごめんなさい」


 ティトは楽しそうに目を細めた。

 そして、再び遠見筒スコープを覗き込む。


「寝るようですね。ネックレスは付けたままのようです」


 その時、リリアーナはちょうどベッドに入るところだった。

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