番外編57 鈍器から始まる押しかけ相棒

 話題の修理屋はどこだろう?

 テッドが周囲を探すまでもなく、修理屋の天幕の前には人だかりが出来ていた。

 露店なのに、普通の店のようなカウンターがあり、天幕も何だか高そうな物だった。

 かなり、待たされるのか?とウンザリしかけたテッドだが、割とすぐに、ここにいる全員が修理を頼みたい客ではないことに気付く。


 三分の一ぐらいは見学者だ。


 ある冒険者が持って来た鉱物と魔物素材を使った胴着は、脇腹の辺りに穴が空いていた。このおかげで命が助かったらしいが、見るも無残な胴着で、もう分解して素材として使うしかない、ようにテッドには思えた。

 しかし、背の高い修理屋の店主?は、何かの魔物の殻をどこからか出し、何らかの加工をして、新品同様にしてしまったのだ!三十秒とかからずに!


「これが錬金術…すご過ぎ」


 修理の速さもだが、出来上がりは境目すらまったく分からない。色合いもどうやって合わせたのだろうか。


「いやいや、兄ちゃん。この人がもーのすごく腕がいい錬金術師だからだって。国のお抱えに何でなってないんだ?レベル」


 テッドの感嘆は観客の一人にそう訂正された。


「そんなん嫌だから、に決まってるだろ。素材と研究資金欲しさに泣く泣く有力者のお抱えになる錬金術師も多いが、おれはそんなこと考えなくてもいいし」


「え、何で?」


 修理屋の店主の言葉に、周囲の人の一人がツッコミを入れる。


「おれの本業は冒険者だから。自分で素材を集め放題、資金も同じく使いたい放題」


「放題じゃないだろ~」


「でも、強い冒険者が錬金術も使えるのなら、それはもう最強だよなぁ。自分で装備の強化も出来てポーションも作れるんだし」


「あっ、そっか。別に錬金術師自身が強くならなくても、パーティメンバーに強い人がいればそれで問題ないワケか」


「いや、それはそれで揉めそうだろ。ただでさえ、大半のパーティだって取り分の不平等さでよく揉めてるワケだし、全部平等に装備の強化が出来るワケがないし」


 確かに。それぞれに合わせてこその装備なので、使う素材や鉱物も違って来る、となると費用もバラ付くワケだ。


「おれはソロなんで、そんな問題もなし」


 はいはい、と修理屋は胴着の修理を依頼した人と修理費用の清算をしたが、素材を足してるのに本当に格安だった。


「いくら何でも安過ぎじゃないのか?」


「こういったタイプの胴着は市場にも出て来ねぇから、構造や魔法付与も勉強になったからな」


「え、魔法付与?してあったのか?」


「あったからこそ、あれだけ穴が空いてても致命傷にならなかったんだよ。衝撃を逃がす魔法付与がしてあったから、それも元通りに付与しといた。だからって、過信すると死ぬからな」


「ああ、分かってる!ありがとう」


 その胴着の修理の後も、修理屋は古びた水が湧く魔石水筒を新品同様にし、サイズが合わなくなったブーツを直し、石がひっかかるデザインの指輪を石が埋め込まれたデザインの腕輪に変え、部品が足りない髪飾りを部品を錬成し、石を加工して新品同様に、と修理だけじゃなく、改良もしていた。


 見ているだけでも面白くて時間を忘れていたが、やがて、テッドの番になる。

 として使っている鉄の剣を鞘ごと渡す。


「どんな鍛冶師でもげなくて、でも、硬いワケじゃなく、刃こぼれもしてて、切れないからとして使ってるんだけど…」


 外見はありふれた鉄の剣なのだが、切れ味がかなり悪いのだ。だからこそ、としてしか使えないが、新調する程の金もなく。


「へぇ、面白い。【呪いの魔剣】だな」


「……へ?魔剣?何かのマジックアイテムじゃないかって、鍛冶師は言ってたんだけど、別に体調が悪くなることもないし…」


「そりゃそうだ。呪われてるのは魔剣の方。使用者じゃねぇ。どういった経緯で手に入れた?」


「親父が行商の商人から買って、おれが冒険者をやるのなら使えよ、と。刃こぼれはしてても折れなくて丈夫だから、自分で買えるようになるまでの繋ぎぐらいにはなると思ったんだろうけど……魔剣?どういったのが魔剣?」


「魔力を注ぐとスゲェ威力が出たり、剣自体に元々スキルが付いてたり、せっせと腕を磨くとスキルが生えたり、使用者の使い易いよう形が変わったりするマジックアイテムの剣が魔剣。この剣は本来の威力を出せる使用者が限られてる辺りが呪われてるってワケ。武器としてはたくさん使ってもらってなんぼ、なのに制限されてるからな。

 努力家じゃない人に渡るよう条件付けしてあって、それでも、コツコツと地道に鍛錬すれば、絶体絶命のピンチになった時、初めて魔剣として覚醒する。いわば使える人を選ぶ『大器晩成』型魔剣」


「……はぁ」


 テッドが努力家じゃない、というのは合っている。

 それなりに動けない冒険者は死ぬだけなので、仕方なく身体を鍛える鍛錬はしているが、仕方なく、では努力家とは言えないだろう。


「ってことは、その剣、切れるように直せないってこと?」


 観客の一人がそんな質問をする。

 テッドも訊きたかったことなので、有り難い。


「いや?切れるようにするだけなら簡単。その程度で魔剣として損なわれねぇ。覚醒もしねぇけどな」


「何でそうも詳しいことが分かるんだ?」


 テッドの父が所持していた頃から、この剣は鍛冶師だけじゃなく、【鑑定】スキル持ちにも何人か見てもらっているのに、まったく分からなかったのだ。


「おれの鑑定スキルのレベルが高いから。詳しく素材の鑑定が出来ねぇのなら、いくら錬金術師でも上手く扱うことが出来ねぇんだよ。まぁ、その魔剣はクセがあるんで手放したいのなら、おれが買い取ってもいいぞ」


「え、ホント?おれにとってはそっちの方が有り難い。どのぐらいで?」


「金貨1000枚ぐらいでどう?白金貨なら10枚」


「……え?……ええっっ?そんなに高く?」


「魔剣として覚醒させたのなら、そのぐらいは価値がある。一振りでこのオアシスの街ぐらいは余裕で破壊出来るからな。覚醒させるまで面倒な手順を踏むのも、悪用出来ないようなセーフティでもある。コツコツ地道に鍛錬するような悪党がいたら、超笑えるし~」


「た、確かに」


 あははは!と笑いが起こった。

 努力するようなら、そもそも、悪人にはなるまい。


「それに、鍛錬が条件になっているのは、使用者が巻き添えにならないよう、ということもあるんだろ。威力がでかいと足場も崩れるし、砂や土の下にいる大型魔物も出て来るだろうし」


 修理屋の補足にテッドは青ざめた!


「か、買い取りお願いします…」


 どれだけ鍛錬しても、自分が覚醒させることは出来なさそうだし、もし、覚醒させてしまったとしたら怖いことになりそうだ。

 いや、そもそも、修理屋が「金貨1000枚」という値段を付けた時から、目がギラギラした連中もいるワケで……。


「おう。じゃ、もうちょっと待っててくれ。一緒に冒険者ギルドに行って、口座に金を入れるから」


 大金なので気を遣ってくれるらしい。

 その方がテッドも有り難い。

 金と交換になるので【呪いの魔剣】は、再びテッドが腰に差す。

 

 それからも、修理屋は色んな物を直したが、錬金術での修理が見れるのなら、待っている時間もそう長くは感じなかった。


「あ、テッド!そのはどうだった?」


 テッドが待ってる間に、串焼き屋台をやってる友達のカリオが修理屋にやって来た。

 このカリオから修理屋の話を聞いたのだ。そういえば、カリオのレンズが傷付いたゴーグルのことを訊くのを忘れていた。


 待ち時間の間にこの剣は魔剣だったことを話していると、すぐにカリオの番になる。

 修理屋によると、傷付いたゴーグルのレンズは、ガラスのままでも直すことも出来るが、軽くて曇り難く、【硬化】の付与が出来るのは魔物素材、ということで、魔物素材に交換してもらうことになった。


 遠くの街で話題になってるらしい「アクリルもどき」という、ソルジャーアントの目とカエルの粘液と他にも色々と混ぜて作るらしい。配分を調節して硬さを変えることで色んな利用が出来るそうだ。

 ガラスよりもっとすっきりと透明で軽くなった。

 そして、明るさによって色が変わる調光機能付き。カリオのゴーグルはバンドの部分も伸縮性のある素材を加えて、より使い易くなった。しかも、これまた驚く程安い。

 

テッドは自分のゴーグルのレンズも変えたくなった。あいにくと、まだ買ったばかりだが。


「スゲー嬉しいけど、儲からなさ過ぎじゃない?大丈夫?」


 人のいいカリオは修理屋の経営が心配になったらしい。


「全然平気。元々大金持ちで、露店やってるのは道楽だから」


「…そ、そっか」


「市場に出回らねぇ物が見れるのは、中々あることじゃねぇしな。その魔剣も」


「あーまぁ、それはそうか」


 わざわざ、マジックアイテムかもしれない切れない剣のことを言い回ったりしない。テッドはこれ程、高額だとは思わなかったが、マジックアイテムというだけで金目の物認定して、強盗を企む輩もいる。


 そして、修理屋は客を区切って後は明日回しにし、テッドたちと一緒に冒険者ギルドへ向かった。

 …そう、方向が同じなので途中までカリオも一緒なのである。


「なぁ、修理屋さん」


「シヴァ。呼び捨てでいいぞ」


「オレはテッド。こっちも呼び捨てで。じゃ、シヴァ。すごく軽装で武装はまったくしてないように見えるんだけど、それでギルドに行くのって大丈夫なのか?」


 シヴァは長身だが、細身なので舐められて絡まれそうだ。シヴァはかなり強いとしかテッドには思えないのだが、絡まれるのは面倒だろう、と。

 テッドもさほど体格はよくなく中背なので、結構舐められる。まぁ、まだ若くてEランクな辺りもだが。


「大丈夫。ミンチにしないように出来るし、おれが治せるのは生き物も、だ」


「……それ、別の意味での大丈夫、だな…」


 ミンチって……。

 シヴァの戦闘力はかなりかなり上方修正が必要なようだ、とテッドは思った。


 そして、冒険者ギルドへ行くと、シヴァが職員に小会議室を借り、そこで、口座に振り込む手続きをした。

 てっきり、シヴァも冒険者ギルドに口座を持っていて、そこからの送金になるかと思いきや、口座はあっても大して入ってない、と白金貨9枚と金貨100枚の即金だった!

 どこからか出して。収納スキルかその類を持ってるらしい。

 使い勝手も考えてくれたのだろうが、それ以前にテッドは白金貨なんて初めて見た!

 職員も同じだったらしく、あたふたしていた……。




 ******




「あーあ、やっぱり、こうなっちまうのかよ…」


 修理屋のシヴァと密室で話していたワケではないので、テッドがかなり価値のある呪いの魔剣を持っていた。売ったとしても大金を手に入れている、となると、強盗を企む輩が出るとは思っていたが、武器屋で何人かに待ち伏せされるとは。


 まぁ、ほぼ予想通りだ。

 まだ駆け出しのEランクとはいえ、テッドは冒険者だ。

 一般人、人から奪うことでしか生計を立てられない程度の輩よりは強い。

 魔物の方が人間より動きが速く、変則的な動きもして、力も強く、魔法を使って来ることもあるのだから、何十匹も倒している冒険者に何故、敵うと思うのか。

 まして、オアシスの街出身の冒険者は、砂漠に出ることが必須。他の地域より、足腰は強いし、否応なく経験が積める。

 悪者はその辺は深く考えないらしい。


 テッドが嘆いたのは、前はもっとこのオアシスの街の治安はよかったのに、と。

 交易で賑わっているだけに、後ろ暗い連中も流れて来たりするのだろう。

 強盗傷害未遂たちはさっさと叩きのめして、縛り上げた。全員で六人。集まったものだ。

 前もって警備兵に軽く声をかけておいたので、程なく巡回して来たので引き渡した。


 さぁ、やっとマトモな武器が買える!

 鋼鉄より魔物素材を使った合金の方がいいだろうか。手入れは後者の方が楽だが、属性が付いてしまったものだと弱点を抱えることになるし、値段も張る。

 テッドは色んな剣の前で幸せに悩み、武器屋の店主にも相談しつつ、魔物素材の合金の剣に決めた。剣帯も新調し、中々オシャレな感じの物を選ぶ。


 ふふっ!心機一転!

 試し切りも兼ねて、張り切って討伐依頼を受けよう!


 …………。

 ………。

 ……。




 それから数日後。

 テッドは夢を見た。

 夢だと自覚している夢だ。

 手元にあの【呪いの魔剣】があった。

 その辺でよく見るような量産型の剣。鞘やグリップの傷があの魔剣だと分かる。

 売ったハズなのに、どうして?

 思い入れも大してなかったのに。


 ……何やら、魔剣から責められてるような圧力を感じた。

 え、何?魔剣の方はおれが相棒だと思っていたのか?いつになく、たくさん使ってたから?鈍器扱いだとしても。こら、待て。あの程度でたくさん?

 いや、そんなこと勝手に相棒なんて思われても……。

 新しい剣を使ってるのは浮気?え、浮気になるのか?剣だぞ?


 自分の方が役立つ?…って、それ、覚醒した後とか言うんだろ。まっぴら。何年かかるんだよ、それ。下手したら何十年何百年もかかるんじゃないのか。

 だいたい、そんな威力の高い魔剣なんか、持て余すだけだって。だから、売ったワケで。


 え、鈍器扱いでもいい?

 だから、もう剣はあるからいらないって。

 すごいぞ、新調した合金の剣は。すっぱすぱ斬れる。それはもう気持ちいぐらいに。剣って本来、こういったものだよな、と改めて思ったぐらい。


 あーもう、泣くなって。

 ……剣が泣く?人間のマネして同情引いてるだけだろ、それ!思ったより作られたのが古い魔剣らしいな。


 はいはい、もう、おれの夢に干渉するのはやめろ!

 いい所有者と巡り合えればいいな。じゃな!


 おれがいい?いやいや、おれはよくないから!

 よくないからな!



「よくないって言ったのにさぁ…」


 朝。目覚めたテッドの枕元に、手のひらサイズの黒いリスがいた。

 つぶらな瞳、ピンッと立ったもふもふな耳、くるりんとしたもふもふふさふさの尻尾を持つ小動物、いや、小魔物か精霊か。

 可愛くあざとく小首を傾げる。

 がしっとテッドはそのリスを掴んだ。


「トボケたってバレバレだからな!お前、あの魔剣だろ。何でか姿は違うけど、気配がまったく一緒だし!」


 それからテッドは元魔剣のリスにしつこく追いかけ回され、仕方なく相棒にするのは、一週間後のことだった。

 魔剣を買った修理屋のシヴァの許可も当然取ってから。

 ……というか、そもそも、魔剣のリス化、人工精霊化?魔法生物化は、シヴァの仕業だったらしい――。


「自分で相性の合う使い手を探せる方がいいかな~と思って。おれの周囲はよく魔法生物化するんだよな…ゴーレムとか玉座とかぬいぐるみとか…」


 修理屋の本当の本業は冒険者ではないのかもしれない――――。


 そして、この元魔剣のリスと修理屋とのつき合いがかなりかなり長くなるとは、この時のテッドには想像もしていなかった。


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