番外編56 さすらいの修理屋と不本意な称号

 オアシスの街で露店をやりたい!

 カラフルローブの露店では、変に目立ってしまったので、今度はひっそりと。


 そこまで売れなくてもよく、在庫分を売って完売になったら撤収、時間になったら撤収、という感じの露店がいい。

 もちろん、容姿で目立たないよういつものように認識阻害仮面を装着する。


 これだけ食べ物屋があると、どこかの店の経営を圧迫してしまいそうなので、食べ物屋台は却下。

 物販売も同じく。ならば、『修理屋』はどうだろう?

 武器・防具・魔道具、アクセサリーと問わず、修理だけやる、となると、鍛冶師ともかぶらないし、需要はあってもそう忙しくはならないハズ。

 それに、市場には出て来ない面白い物や古い物もたくさん見れるだろう。


 シヴァはオアシスの街の商業ギルドの職員に確認してみたが、それならどこからも文句は来ないと太鼓判を押された。


『シヴァの思う通りにはならないと思うんだけど~。修理だけでも腕が良過ぎて』


 同伴していた妻のアカネが念話でそうツッコミを入れて来る。


『市場のどこかにある『修理の店』っていう所にロマンがあるだろ?』


『ロマンねぇ…』


 よく分からないらしく、アカネに念話で苦笑された。

 もちろん、店名は『修理のにゃーこや』だが、露店でわざわざ店名を付けている所の方が少なかった。だいたい、売ってる物で呼ばれることになる。

 シヴァの場合は普通に「修理屋」だろう。


 露店を開くのに空いてる場所をとりあえず、一週間、押さえて使用料を払う。

 もう二時過ぎだが、今からでも大丈夫とのことで、露店を開いてみることにした。

 貸し出しでシートや天幕もあるそうだが、シヴァは別にいらない。

 大抵の物は持ち歩いているし、足りない物があってもコアたちに転送してもらえるからだ。

 即金で払ったからか、誰でもそうしているのか、ギルド職員が露店の場所まで案内してくれた。周囲の人たちにも何の店が出るのか教えている辺り、周知するのも目的だったらしい。


 フリーマーケットのごとく露店がびっしりと並んでいるワケではなく、所々抜けていたり、通路として場所を空けていたり、だいたい種類ごとにまとまっていたり、で結構計画的な区画になっていた。抜けている所ではなく、まだ露店が入ってない所で、その一つがシヴァたちの店だ。


 まず、スペースギリギリで天幕を設置。

 床はウッドデッキ。その上にソファーセットを置き、前面にカウンターテーブル、その上に『修理のにゃーこや』看板と価格表。内側のカウンターチェアは二脚。


「ど、どこから出しました?」


 一番驚いたのが職員だ。


「マジックバッグ。【チェンジ】の魔法知らねぇ?着替えの魔法なんだけど、その応用でわざわざバッグに触らなくても出し入れ出来る」


 身に着けてもいなかったが、ローブを羽織ってるのでその下にあるのだと思ってくれるだろう。


「そうなんですか。でも、何でこんなにピッタリサイズなんです?」


「今、調整した。これも『修理』だろ?」


「…そうですか?どうやって一瞬で」


「錬金術。どうやって修理すると思ってた?手作業?」


 手作業でもそこそこの修理は出来るシヴァだが、当然ながら時間がかかるし、調整や足りない部品の作成をするのはどうせ錬金術を使うことになる。

 手作業で分解するのも好きなシヴァだが、レベル調整には繊細な操作が必要なので「パキッ」「グシャッ」と壊す未来しか見えない。他人様の物は慎重に、だ。


「…ええ、まぁ。って、錬金術師ならもっと他に仕事が…」


「いいだろ。どんな仕事しようとも。…おう、何?」


 隣の露店の少年がじーっとこっちを見ていた。どこからか雑貨を仕入れて売ってるらしい。


「錬金術師なら、刃こぼれしたナイフも新品同様にしてもらえるってこと?」


「そう。素材を足さねぇんなら少し刃が薄くなるけどな。刃渡り次第だけど、銀貨5枚からだな」


「…ホント?そんなに安く?」


「ああ。研ぎ直しの相場がそのぐらいなんで」


 価格表は相場ぐらいに設定してあるワケだ。


「時間はどれぐらい?」


「刃こぼれの直しだけなら一瞬」


「……は?」


「露店でそんなに時間かけてどうするんだって話だな。どうする?客第一号になるか?」


「よ、よろしくお願いします!」


 少年は身に着けていたナイフを鞘ごと外して、シヴァに差し出した。

 中々年季が入っている革の鞘でこちらも結構ボロボロだ。ナイフの刃も何ヶ所も刃こぼれしているが、大事に手入れしていたらしい。


「鞘も修理するなら銀貨7枚だな」


「えっ?直るんですか?革ですけど」


「ほぼ何でも大丈夫。素材を足したり交換したりするからプラス銀貨2枚ってワケだ。砂漠トカゲの革ならたくさん持ってるし」


 どの種類のトカゲ革も軽くて丈夫なので用途は幅広い。

 作業台はカウンターなので、シヴァはさっさと素材を出して、まず【クリーン】をかけてから鞘、ナイフの修理をした。ナイフの柄に巻いてある滑り止めの革もいい加減ボロボロなので、交換しておいた。


「はい、銀貨7枚」


「あ、ありがとうございました!こんなに早く、新品みたいになるなんて!」


 少年は銀貨をカウンターに置き、修理したナイフを笑顔で受け取った。

 そんな様子をジッと見ていた集まって来た野次馬たちは、我先にと何かを取りに戻った。やはり、壊れたが、捨てるには忍びなくて、という物が誰にでもあるらしい。


「もーのすごく集まって来そうなんだけど、わたしは多少しか直せないよ?小物や衣類は大丈夫だけど」


 天幕の側面に日除けを追加していたアカネが念押しした。


「分かってるって。客整理をよろしく」


「はーい」


 二番目の客はおばさんでワンピースを持って来た。

 シミ抜きだったのでアカネに任せる。

 【クリーン】でキレイになるのだが、布の汚れはどんな風にどんな物が付着するのかよく分かってない人たちのクリーンでは、そこそこしかキレイにならないワケだ。

 価格に困るが、そう安くても似たような依頼が増えそうなので銀貨1枚で。



 それからは、壊れたアクセサリー、サビの浮いた剣、緑青がこびり付いた銅が多い金属の宝石箱、傷だらけの革鎧、切れた剣帯、穴の開いた靴、はち切れそうなバッグ、半分溶けてしまった剣、と実に様々な物を持ち込んで来た。

 思い入れのある品というのは、思ったよりあったようだ。

 口コミで情報が回っているらしく、客が途切れない。


「何か忙しいんだけど?」


「だから、言ったでしょ。『さすらいの修理屋』ごっこは出来ないって」


「ごっことか言うし。…はい、休憩!十五分待つか他に行って」


 キリがないので強引に区切り、客を追い出した。

 結界で入れないようにする。すりガラスのようにしたので、中は見えない。


「アイスコーヒーにしよ」


「じゃ、わたし、コーヒーフロートね」


「かしこまりました。お茶菓子は?」


「チーズケーキ」


 それはまたよくコーヒーに合うお菓子だった。

 常夏の砂漠の国では、冷えたケーキもより美味しい。




 ******




「ねぇ、お兄ちゃん。わたしでも買えるような物って売ってない?」


 修理屋の客が少なくなって来た所で、六歳ぐらいの女の子が近寄って来てそう訊いた。


「ない。修理屋だぞ、ここ」


「お母さんに何かプレゼントしたいんだけど…」


「ふーん」


「お母さん、連れていらっしゃい。お宅の子供の教育方針はどうなってるのか、是非とも聞きたいから」


 アカネがそう言って微笑む。子供の裏に商人や強盗がいることを見越してのことだろう。


「え、それは…」


「小遣い稼ぎで随分危険なことを引き受けたな。高額商品を扱うこともある修理屋が何も対策をしてないとでも?」


 念話で呼び寄せた深緑色のシャドーパンサーのバロンが、さっと子供の後ろに陣取る。


「がうっ!」


 バロンが軽く吠えると、子供は悲鳴を上げつつ、大慌てで逃げて行った。

 ワザと逃した、とも言う。隠蔽をかけた1cmの球体の偵察飛行カメラについて行かせたので、シヴァの脳内にその映像が映る。タブレットにも映せるが、見慣れない物を出して注意を引きたくない。


 逃げた子供は、派遣した人の元へ真っ直ぐ走り、


『ヤバイよ!あの人たち!ちょっと探りを入れただけで、大きい豹の従魔をけしかけられた!もうヤダ。降りるから』


と混乱した口調で叫ぶ。この間も後ろを振り返りつつ、だ。


『何があった?落ち着いて一から話せ!』


『だから…』


 大まかなやり取りを話した子供だが、アカネが怖かったらしく、ものすごく誇張して話していた。『あの迫力は絶対何十人か殺してるって!』といった推測も。

 アカネよりシヴァの方が大量に色々と殺しているのだが、そういったのが分からないのは偽装のマジックアイテムのおかげかもしれない。


 商人の偵察ではなく、強盗の偵察だったらしい。

 片眼鏡の【ドラゴンアイ】の千里眼だと、そのまま鑑定も出来る。ステータス履歴を見ると、かなりの隊商を襲った盗賊だった。

 悪逆非道の限りを尽くし、何十人規模で殺しているので情状酌量の余地なし。


 シヴァは【みせしめ】ではなく、本当に雷を落としてやった。

 子供はまだ人殺しはしてないので、盗賊から少し離れた時を狙って。

 ピシャーンッ!という音と結果に子供はへたり込む。

 その子供は、元解放奴隷を保護している場所(魔物のいないダンジョンフロア)へと転送した。悪い仲間と引き離した方がいいし、人手が足りないので働け、ということで。


 そのまま、飛行カメラは待機。

 何があったのかと仲間が集まって来るだろう…と思ったらその通りで、次から次へと盗賊仲間が集まって来た。

 雷は目立つので首を切って高温の青い炎で燃やした。一番最初の盗賊も。すぐ跡形もなくなるので延焼の心配もない。砂漠に放り出してもよかったが、アンデッドになられてもマズイ。


「ここまで遠隔で出来ちゃうと、『天罰の神』の称号とか付きそうだね」


 【ドラゴンアイ】の片眼鏡を装着して、千里眼でていたアカネがそんなことを言う。


「神はねぇだろ……げっ!アカネのせいで…」


 まんま『天罰の神』称号が付いてしまった……。


【天罰の神・救いようがない者に天罰を与える。遠隔魔法の魔力消費減少】


 称号はこれだけだが、【神の怒り】とかいうスキルまで生えていた――――。





――――――――――――――――――――――――――――――

関連話「336 さり気なく『にゃーこや』ロゴ入り」

https://kakuyomu.jp/works/16817330653670409929/episodes/16817330663892512655


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