番外編13 世界を壊すその前に

注*シリアスです。

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 明るい星々がまたたく夜空を見上げて軽くため息をつく。

 何度見ても月がない。

 それは分かっていても、どこかにないかとつい探してしまう。

 見慣れない星雲やうずを巻いた星、変わった形の星、見るたびに色や形が変わる星、当然、星の並びも自分のよく知る世界のものとは、まったく似ていないのに。


 自分のステータスが上がっているから、より遠くまで鮮明に見えているにしても、太陽系どころか同じ銀河系でもないだろう。

 いや、ひょっとして宇宙なんてなく、大きな亀がお盆のような土地を運んでいるのかもしれない。

 ここは剣と魔法のファンタジー世界なのだから、何でもありだ。


 大きな箱庭のような世界でも驚かない。

 バーチャルリアリティ、仮想現実といった精神世界の一つに閉じ込められている、というのも考えられる。



 ふと自分の手を見る。

 肉付きが薄いさほど大きくない手。傷が全然ない辺り、鍛錬不足に感じる。

 手を開いたり閉じたりしてみても、やはり、違和感は拭えない。

 反応速度にもズレがあるのだ。ステータスを上げたことで、より顕著になった気がする。


 この身体を鍛えても筋肉は付かないし、これからも付くまい。

 こちらに来てもう三ヶ月弱になるのにまったく爪が伸びていない。髪の長さもそのままだ。

 身体は死んでいたのに、無理矢理治して他から精神…魂を入れただけ、で定着するワケがない。

 飲み食いすれば味も分かり、寒暖も感じ、汗もかき排泄もして睡眠、という人間らしい行動は出来ても、全部「見せかけだけ」のような気がする。


 本当に身体を動かしているのは、食物ではなく「魔力」ではないだろうか。

 こんな不自然な状態が長く続けられるワケがない。

 すると、このアルトの身体は近々崩壊するか、腐るか、人形のように停止するだけか、何にしても元の身体を取り戻さない限り、自分に未来はないだろう。


 元の身体に化ける【変幻自在】魔法の方が違和感がないのは、おそらく、魔力で自分のイメージ通りの元の身体を作っているからだ。

 【幻影】をより物理化した感じで。

 その証拠に最初に魔法を使った後は、大して魔力を使わないのだ。維持にかかる魔力消費は驚く程、少ない。


 その魔力体に魂が入る【変幻自在】魔法の使用中は、空になった借り物のアルトの身体は、どこか亜空間か何かに保存されているのだと思う。

 そうじゃなければ、腕を武器に変換することなど出来ない。



 また軽くため息をつく。


『こら、幸せが逃げちゃうよ!』


 たしなめてくれていた妻はここにはいない。

 妻の名前すらまだ思い出せない。

 

『悪いことを数えるより、いいことを数えようよ!』


 そうだな。

 いつでも前向きで明るく、その笑顔に最初は惹かれた。

 中学校に上がる前の春休みのことだ。

 近所に引っ越して来た彼女が家族と一緒にいた時に、何かおかしかったのか彼女がふわりと笑った。

 ああ、花が咲く笑顔って、こういったことか、とこの時に初めて知った。

 多分、一目惚れだった。


 だからこそ、巻き込みたくなかった。

 トラブル三昧でお礼参りも逆恨み襲撃もしょっちゅうされ、反撃して喧嘩になることも、病院送りにすることも、警察沙汰になることも頻繁な自分は、彼女の側にいる資格なんかまったくなかった。


 正に「中二病」の年頃だったので、「渋々ながら身を引く自分カッコイイー」と酔っていた面もある。

 本当に危ない時期だったので、彼女を巻き込まなくてよかった。


 それでも、高校二年の終わり頃、そう確か年末だ。

 何かの巡り合わせか、単なるタイミングが合ったのか、あまりにトラブルに巻き込まれる自分に同情したのか、彼女とつき合うことになった。

 この頃の自分は結構感情が麻痺していたので、実感が薄かったのもあり、どうして近寄らないようにしていたのか、少し忘れていたように思う。

 いや、逆か。浮かれていて思い至らなかった。


 つき合った後も数々のトラブルに巻き込まれ、彼女も怪我することもあったが、結果、結婚が早まることになった。

 切実な理由だ。

 単なる婚約者では身元引受人にはなれないし、手術が必要な場合、輸血が必要な場合、決定権がまったくないし、面会謝絶の場合も病室に入れない。

 そもそも、未成年ではどれも無理だ。


 しかし、結婚すれば、成人扱いされ、そういったことはオールクリア、自分と彼女だけじゃなく、双方の家族との繋がりが出来るし、いざという時には法的にも助けてもらえる。


『『毒を食らわば皿まで』って言うでしょ。諦めなさい』


 いたずらっぽく笑う男前な彼女だった。

 何度、惚れ直したことだろう。

 いや、何百、何千回かもしれない。


 ああ……―――――――――。

 どうして――――――――。

 どうして――――――――どうして!

 彼女は妻はここに…自分の隣にいない?

 どうして、自分だけがここにいる?

 どうして、他人の身体の中にいる!?



 握り締めた拳から血が滴り落ちる。

 痛みがあるのも鬱陶しい。

 しかも、すぐ治るのだ。回復魔法を使わなくても。

 この身体はおかしい。

 自分の…魂のステータスに引きずられたのか、元々の仕様なのか分からない。


 いっそ、この身体を消滅させれば、元の身体に戻れるのだろうか。

 それとも、単に魂だけの存在…キーコたちのような精神生命体になるのだろうか。

 或いは、この世界を壊せばいいのか?



 つい笑ってしまった。

 本気で考えているとバレると、世界のバランスを守る神獣イディオスに怒られる。

 さすがに友と殺し合いはしたくない。


 うん、まだ大丈夫。

 まだ……笑えているうちは。


 さぁ、イディオスをモフりに行って、癒やされよう。



 ――――――――世界を壊すその前に。




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