番外編12 世界の命運はこの毛皮にかかっている

 我はフェンリルの神獣イディオス。

 千何百年と生きているが、神獣の役目を受け継いだのはまだ数百年程だと思う。

 人間のこよみは国によってもバラバラで、小さな街や村に行く程、統一されとらん。我もあまり気にしてなかったので正確な年は分からんのだ。


 さて、神獣の役目とは簡単に言ってしまえば、「世界のバランスを保つこと」。

 この世界の魔力は地面から生まれ、大気を漂い、海に流れ、植物や生き物を巡り、また地面に戻る、という水と同じように循環している。

 ただ、この循環はどうしても偏りが出来てしまい、それが「魔力溜まり」だ。


 この「魔力溜まり」から魔物が発生してしまう。

 動物が濃い魔力にさらされて魔物化してしまうこともあるが、濃い魔力は物質化してしまうのだ。

 まず魔力が濃縮して結晶となった魔石が出来、その魔石を核に魔物が発生し、物質化する。

 その魔物が他の生き物を食べると、動物のように繁殖出来るようになって増えてしまう。

 

 あまりに魔物が多いと、他の生き物が滅んでしまうため、バランスを崩さないよう調整するのが神獣の役目だ。


 ******


 その日もいつもと変わらない日だったが、面白い人間に会った。

 アルは…いや、シヴァと呼ぼうか。こちらは本当の容姿だから。

 今は魔法で化けている…というか、魔力で物質化しているだけだがな。


 シヴァは「面白くておかしな奴」だと思う。

 いきなりの異世界転移、それも魂だけで、その魂はまったくの赤の他人の身体に入り、状況は盗賊に襲われている最中だった、となると、普通の人間ならパニックを起こしたまま、或いは呆然としたまま、殺されていたことだろう。


 シヴァが素手の方が戦い慣れている、というのも驚きだ。

 武器を使った方がやはり、攻撃力は高くなるのだから。

 自衛のためでも、武器を持っていると治安維持機関に捕まる世界で、武器を持つには一々許可が必要だったらしい。

 それにしたって、魔物はどうするんだ?と思ったら、いない世界だったそうだ。凶悪な動物はいても棲み分けが出来ていて。


 異世界というのは変わった世界だとは聞くが、想像も付かんな。

 魔法や魔術やスキルがなく、魔物がいない世界というのは。

 文化が発展して、色々と便利な世界だったというのは事あるごとに聞いているが、どう便利かがよく分からん。


 ああ、食べ物や料理が美味い世界だったのはよく分かってるぞ!

 ここまで手間暇時間もかけて作るものなのだな。

 特にシヴァの生まれた国は美味しい物のためなら貪欲だったらしい。海を渡って遠い遠い国まで食べに行く人が、たくさんいたぐらいに。

 何年かかるんだ、それ…と訊いたら、鉄の塊で飛んで行けた、そうな。魔法がないのに。

 それが科学や技術。

 魔法で出来ることは、ほぼ科学や技術で出来たそうだ。

 すごいものだな。



 シヴァの思い付くことは予想外、規格外過ぎて、どんな思考を経てそうなったのか、まったく分からん。

 我の方が千何百年は長生きしてるのにな。

 まさか、神獣たる我の役目を軽減しよう、などとは。


 そして、その軽減策が功を奏し、我が数日程度なら不在にしてもまったく問題ないし、のんびりと温泉にも浸かっていられるのだ!

 かつての我だったら、軽減策など意味がない、とやってみないうちから決め付けたことだろう。

 視野を広く持たねばならんな。


 シヴァは本当に有能で規格外な男だ。

 こちらに転移させたのは神じゃなく、超越者と呼ばれる元は人間かそれに近い者だとは思うが、目の付け所はかなり正しかった。

 こちらに転移してほんの一ヶ月程で、他人の身体で戦える、どころか、ダンジョン攻略が出来るまで鍛え、馴染みがなかった魔法もスキルもどんどん覚えて効率化して行っていた。


 シヴァが我と会った時には、既に「国ぐらい簡単に滅ぼせる危険人物」だったので、かなり警戒してしまったが、シヴァは大して気にせず、カウシチューという至高の食べ物を振る舞ってくれる始末。

 拍子抜けして警戒し過ぎたのを反省したが、シヴァに危うい所があるのも事実だ。

 

 ずっとずっと他人の身体で過ごさねばならない、というのは、かなりの苦痛じゃないだろうか。

 アルトの身体とシヴァの元の身体とでは、身長だけでも20cm以上違う。

 反応速度が遅いのか、シヴァは時々眉を潜めていることもある。


 もっと盛大に眉を潜めていたり、不機嫌そうに眉間にシワを刻んでる時は、シヴァが妻を思い出してる時、だろう、多分。

 何でいないんだ、という声が聞こえて来そうなぐらい、周囲を見回している時もある。

 それぐらい側にいて当然だったシヴァの最愛の妻。


 どうやっても会えないのを思い出してしまうからか、シヴァはあまり口には出さないが、淋しがっている時も結構ある。

 我をずっとモフっていたり、我の自慢の毛皮に抱き付いてたり、毛皮に顔を埋めていたりする時だ。

 もふもふゴーレムにゃーこを侍らせている時もある。


 どう声をかけても慰めにはならんので、そんな時、我は尻尾で軽くはたいてやる。

 我のふわふわな尻尾もシヴァは気に入ってるからな。



 ああ、神よ。

 どうにかしてやれんのか?

 今はまだシヴァも頑張っているが、あまりに長いこと妻に会えないと壊れそうだぞ。

 こちらから行くのは難しそうだと、召喚する方向で色々試行錯誤と実験を重ねているようだが、魔法がない世界から来たシヴァなので、どうしても実現するには時間がかかることだろう。


 どうやら、シヴァは長寿のようだから時間はたくさんあるとはいえ、妻の方の時間は限られているだろうし、時間が経てば経つ程、召喚は難しくなるのではないだろうか。

 その辺りには全然詳しくはないものの。


 神の力は強過ぎるからこそ、滅多に介入出来んのは知ってるが、過去のあれこれを考えても少しぐらいの介入は他の神に知られないよう、出来るだろう?


 シヴァも気が長い方じゃない。

 召喚研究が捗々はかばかしくないのなら、転移させた元凶を引きずり出すために、手っ取り早く国ぐらい、簡単にぶっ壊しそうなのだが?

 シヴァのいた世界では、魔法を使わなくても、国を壊せる兵器があったそうだ。そうじゃなくても、科学や技術で天気を操ることも出来ると言う。


 まぁ、そもそも、シヴァがダンジョンマスターになっている時点で過剰戦力。

 簡単に国、いや、大陸ごと…いやいや、この世界ぐらい、簡単に……。


 ………。

 ……………。

 …………………………!!


 おおっ!神よ!

 大変な事態になってるぞ!

 シヴァという名は異世界の「破壊と再生の神」から取ったらしいからな。

 …って、そのままかっ!

 今更気が付いた我も平和ボケしていたな……。



 神よ!

 シヴァが世界を壊す前に、何とか妻と引き合わせてやってくれ!

 まだシヴァに笑える余裕があるうちに!

 我のこの自慢の毛皮でシヴァが癒やされている間に!


 この世界が滅ぼされる、その前に!



 世界の命運はこの毛皮にかかっている―――――――――――。



――――――――――――――――――――――――――――――

関連話*「人間の叡智と研鑽の結晶を召し上がれ」

https://kakuyomu.jp/works/16817330653011554221/episodes/16817330653061982196


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